郵便将棋
祖父は郵便将棋をやっていた。
はがきに一手ずつ指し手を書いて、送り合う。一局終わるのに二年かかることもある。相手は熊本の人で、祖父は一度も会ったことがなかった。
祖父が死んだとき、居間の将棋盤には、指しかけの駒が並んでいた。横に、相手からの最後のはがきが置いてあった。
「▲6五歩。長考の末です。お許しを」
日付は四か月前だった。祖父は返事をしないまま、入院した。
わたしは相手に、祖父が亡くなったことを知らせるはがきを書いた。書いているうちに、なぜか一行付け足してしまった。
「もしよろしければ、この一局の続きを、わたしが指してもいいでしょうか。祖父に駒の動かし方を習っただけの素人ですが」
二週間後に返事が来た。
「お知らせありがとうございます。三十年の友を失い、言葉もありません。一局、ぜひ。ただし、手加減はしません。お祖父様もそれを嫌うはずです」
それから、祖父の盤で将棋を指した。
一手に十日かかることもあった。図書館で定跡の本を借りて、祖父のノートをめくった。ノートには相手との対局がびっしり記録されていて、余白に祖父の字でいろいろ書いてあった。
「この手は奴らしい。いやらしい」
「今日のはがき、字がふるえている。風邪か」
「奴に勝ち越すまでは死なん」
通算成績も書いてあった。祖父の百二勝百九敗。負け越していた。
二年後、一局が終わった。わたしの負けだった。当然だ。
最後のはがきには、こうあった。
「見事な粘りでした。途中、6三銀のあたりで、お祖父様が指しているのかと思いました。あの人もああいう、意地の悪い銀を打つ人でした。
これで私の百十勝です。
次の一局、先手をどうぞ」
百十勝。祖父の百二勝百九敗に、わたしの一敗が足されて、百二勝百十敗になった。家族の負け越しが広がっただけだった。
わたしは盤に駒を並べ直して、はがきに書いた。
「▲7六歩」
いちばん普通の手。祖父のノートの一局目も、この手から始まっていた。
読み終えて、どうでしたか