大切な人に会いたくなる話 39選
家族や友だち、もう会えない人を思い出す物語。
鮭をくわえた熊
親友が新婚旅行で買ってきた木彫りの熊。「いらん」と言ったあの日から二十二年、熊は二人の家を黙って行ったり来たりしている。
家の電話を解約する日
昭和四十三年から五十八年使った家の電話を、やめることにした。回線が止まる正午の前に、七十九歳はスマホでその番号を押してみた。
燻製の本のあいだ
図書館の「ご自由にお持ちください」の棚でもらった燻製の入門書。ページのあいだに、知らない二人のメモが九枚挟まっていた。
帰舎時刻
岩手から放たれた六羽のレース鳩。栃木の屋根の上で、六十八歳の男が帰りを待っている。
一日四百十二円
仙台で一人暮らしを始めた十九歳の息子。その家計簿を、父は居間のタブレットで見てしまった。
冷蔵庫はどっちが持っていく
四年いっしょに住んだ彼女と別れることになった。家具を分ける日曜日、黄色と青の付箋が用意された。
留守番の九官鳥
昭和四十六年の秋、出稼ぎに行く前の夫が、秋田のデパートで九官鳥を買ってきた。一万五千円もした。
十五個目のボール
三年間、うちの庭に飛びこんできた隣の子のボールを、私は一つも返さなかった。その一家が、熊本へ越していく。
ポテトの端っこ
ファミレスのパート歴十年。口の悪いうちの横で、三年間レジを打ってきた高校生が今日で辞める。
調律は四十分
「売る前に一度だけ、調律してほしい」。二十年ふたを開けていないピアノのある団地へ、五十六歳の調律師は出かけた。
第二日曜日
離婚して、月に一度だけ会えた娘。父の手帳に残った、七年分の第二日曜日。
第八幸栄丸
八十六歳の祖父が、五十年乗った漁船を売ることになった。引き渡しの朝、孫は港についていった。
山羊のメイ
昭和三十年代の信州の家で、小学生の私が乳をしぼっていた山羊。修学旅行の年に、いなくなった。
実家の亀が四十歳になった
長くなるけど聞いてほしい。うちの実家には、父より先に家族になった亀がいる。
代返
大学一年のとき、毎週代返をし合っていた友達が、ある週から来なくなった。
柱の傷
実家を取り壊す前の日、兄の背比べの記録に不正が見つかった。
カブトムシの自由研究
八歳の息子が書いた、観察日記の最後のページ。
グリコ
帰り道のじゃんけんで、いつも負けていた子。
松の湯のお知らせ
閉店する銭湯の入口に貼られた、手書きの紙。
入れ歯騒動
夫の入れ歯を探して、家じゅうをひっくり返した午後。
冬だけのボス
冬になると勝手に上がりこんでくる、よその猫の話。
あめゆじゅとてちてけんじゃ
死の床の妹に「雨雪を取ってきて」と頼まれた宮沢賢治。
はやくきてくだされ
字を知らなかった母が、アメリカの息子・野口英世に書いた手紙。
宇宙へ持っていくもの
宇宙飛行士になりたかった弟の「持っていくものリスト」。
母の検索履歴
亡くなった母のスマートフォンに残っていた、娘についての検索。
余白のなっちゃん
祖母のレシピ帳どおりに作っても、あの肉じゃがにならなかった理由。
留守番電話
亡き妻の声が残る家の電話に、毎晩かけた夫。
百十二枚
毎年百枚以上の年賀状を筆で書いた祖母が、最後に残した束。
父宛ての手紙
死んだ父の空き家に出し続けた手紙を、受け取っていた人がいた。
隣の席のハンカチ
母の危篤で乗った新幹線、隣に座った老紳士がしてくれた話。
軒下の札
毎年ツバメを待っていた祖母が施設に入った春、空き家に帰ってきたもの。
五時十分の玄関
父が帰ってくる時間に、老犬は玄関で待ちつづけた。
だし巻き卵
三人組の一人がいなくなってからも、年末の居酒屋で頼みつづけるもの。
郵便将棋
祖父が三十年続けた、顔を知らない相手との手紙の将棋。
いつもの土曜日
最後の外出許可で、妻が選んだのはいつもと同じ一日だった。
最後のキャッチボール
野球を嫌いにさせた父が、病院の中庭で言ったこと。
半分の歩幅
息子の顔を忘れた父と、毎朝歩く川沿いの道。
送信されなかった下書き
母の古い携帯に残っていた、七年前の夜の下書き。
塩むすびの味
料理が壊滅的な父が、八年間握りつづけた具なしのおにぎり。