鮭をくわえた熊
木彫りの熊がうちに来たのは、二〇〇四年の夏だった。
りっちゃんが北海道の新婚旅行から持って帰ってきたお土産で、鮭をくわえた、高さ三十センチくらいのやつ。顔がおかしい。熊なのに眉毛があるように見える。困ったような八の字の眉毛で、くわえられている鮭のほうが堂々としている。
「よかろ? 小樽で三千八百円したとよ」
「いらん」
「いらんて言うたね、いま」
いらなかったけど受け取った。三日は玄関に置いて、四日目に押し入れにしまった。
その年の暮れ、りっちゃんの家で忘年会をしたとき、私はそれを紙袋に入れて持っていって、洗面所のタオルの棚の奥に置いてきた。
そこから始まった。
二〇〇五年の春、うちの米びつを開けたら熊がいた。米の中に、鮭のところまで埋まっていた。りっちゃんは何も言わなかったし、私も聞かなかった。
二〇〇七年は、りっちゃんの車のトランクの、スペアタイヤの下。二〇〇九年は、うちの雛人形の箱の中。お内裏様の隣にちゃっかり座っていた。二〇一二年は、りっちゃんの旦那さんの釣り道具のクーラーボックス。旦那さんは事情を知らないので、志賀島の堤防でふたを開けて、本気で腰を抜かしかけたらしい。二〇一五年に私が盲腸で入院したときは、お見舞いの花かごの、オアシスの下に寝ていた。看護師さんに「これ、何ですか」と聞かれて、知らないと答えた。
二〇一八年は、りっちゃんの娘さんの結婚式の引き出物の紙袋に入れた。これはさすがに怒られた。
「お婿さんのお母さんの袋に入っとったら、どげんするとね」
「ちゃんと、りっちゃんのに入れたけん」
「新婦の親は引き出物もらわんとよ」
そうだった。熊は式場の人が、わざわざ控室まで届けてくれたそうだ。
決まりを作ったことは一度もない。ただ、持っていったことを口に出したら負け、というのだけはお互いわかっていた。二十二年、熊の話はほとんどしていない。行ったり来たりするうちに眉毛のところの色が剥げて、いまは困っているのか笑っているのか、もうよくわからない顔になっている。
今年の八月、りっちゃんが千葉に越すことになった。旦那さんが定年になって、娘さんの近くに中古の家を買ったという。
「千葉て。遠かね」
「飛行機で一時間四十分よ。あんたが来りゃよか」
「行かんよ。成田から遠かろうもん」
「羽田たい」
そのとき熊はうちにあった。去年の十一月にりっちゃんが置いていったもので、カーテンレールの上に乗っていた。気づくのに三週間、いや、主人に言われてやっと見つけたのだから、一か月近くかかった。
引っ越しの前の日、手伝いに行った。段ボールが四十箱くらい並んでいて、どの箱にもりっちゃんの字で中身が書いてあった。「台所 われもの」「冬服」「アルバム」「その他いろいろ」。
私はバッグに熊を入れてきていた。りっちゃんが二階に上がったすきに「冬服」の箱を開けて、セーターのあいだに熊を押しこみ、ガムテープを貼り直した。
これで終わりだと思った。千葉で箱を開けたら熊が出てきて、りっちゃんは笑って、電話をかけてきて、私は出ない。それで二十二年がおしまいになる。
夕方まで手伝って、帰りのバス停で鞄から定期を出そうとしたら、鞄の底が妙に重かった。
熊が入っていた。鮭をくわえて、私のハンカチの上に横になっていた。
冬服の箱を開けたところを見られていたらしい。いつ取り出して、いつ私の鞄に入れたのか、まるでわからない。りっちゃんは昔から、こういうときだけ手が早い。
バスが来た。熊を膝にのせて座ると、前の席の男の子が振り向いて、熊を見て、私を見た。
千葉の住所は、まだ教えてもらっていない。
読み終えて、どうでしたか