創作仕事約3分

合鍵、一本

スーパー「マルヤス」の一階、エスカレーターの裏に、靴の修理と合鍵の店がある。間口は二メートル。看板には「靴・カギ・時計電池 リペアにしおか」とあって、時計電池の四文字だけが新しい。

午後二時十分、客はいない。店主の西岡は四十六歳で、婦人靴のかかとのゴムを貼り替えていた。グラインダーが止まると、天井のスピーカーから「上を向いて歩こう」のオルゴールが聞こえる。

カウンターに鍵が一本置かれた。

置いたのは七十代くらいの女だった。ベージュのダウンベストに、マルヤスのレジ袋。袋の口から長ねぎが出ている。

「これと同じのを、一本」

西岡は鍵を取って、蛍光灯にかざした。いまの家の鍵ではない。昔ながらのギザギザの鍵で、頭に「MIWA」と刻んである。山がすり減って、ほとんど丸くなっていた。

「だいぶ使いましたね」

「使ってないんです」

女はレジ袋を床に下ろした。

「持って歩いてただけで」

合鍵の機械は、元の鍵の山を針でなぞり、同じ形に新しい鍵を削る。元が丸ければ、丸い鍵ができる。

「このままだと、削っても回らないかもしれません。もとの山がもう残ってないので」

「そうですか」

「錠前の番号がわかれば、メーカーから取り寄せはできます。一週間くらい」

「番号は……」

女は鍵を見た。番号の刻んであったあたりも、すり減って読めなかった。

「わからないです」

西岡は棚から新しい鍵の地金を一本取った。元の鍵と並べて万力に挟み、ルーペを右目に当てた。すり減った山の、いちばん深いところだけがかろうじて残っている。そこから角度を見当づけて、やすりで一つずつ山を立てていく。手でやる仕事は月に一度あるかないかだった。

女は丸椅子に座って待った。途中で一度立ち上がって、長ねぎの向きを直した。

二十五分かかった。

西岡は二本の鍵をカウンターに並べた。古いほうは丸く、新しいほうは山が尖っていて、蛍光灯の下で光った。

「たぶん、これで回ります。もとの錠前が替わってなければ」

「替わってたら?」

「替わってたら、回らないです」

女は口の端だけで笑って、財布から千円札を出した。西岡は手書きの伝票に九百九十円と書き、十円玉を一枚返した。

「回らなかったら持ってきてください。お代はお返しします」

「それが、持ってこられないんですよ」

女は新しい鍵を、古い鍵と同じキーホルダーに通した。色の褪せた、ディズニーランドのミッキーのキーホルダーだった。

「回るかどうか、試しに行く予定がないので」

女はレジ袋を持ち上げて、エスカレーターのほうへ歩いていった。長ねぎが揺れていた。

西岡はやすりの粉を手ではらって、かかとのゴムの続きに戻った。グラインダーを回すと、オルゴールは聞こえなくなった。

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