合鍵、一本
スーパー「マルヤス」の一階、エスカレーターの裏に、靴の修理と合鍵の店がある。間口は二メートル。看板には「靴・カギ・時計電池 リペアにしおか」とあって、時計電池の四文字だけが新しい。
午後二時十分、客はいない。店主の西岡は四十六歳で、婦人靴のかかとのゴムを貼り替えていた。グラインダーが止まると、天井のスピーカーから「上を向いて歩こう」のオルゴールが聞こえる。
カウンターに鍵が一本置かれた。
置いたのは七十代くらいの女だった。ベージュのダウンベストに、マルヤスのレジ袋。袋の口から長ねぎが出ている。
「これと同じのを、一本」
西岡は鍵を取って、蛍光灯にかざした。いまの家の鍵ではない。昔ながらのギザギザの鍵で、頭に「MIWA」と刻んである。山がすり減って、ほとんど丸くなっていた。
「だいぶ使いましたね」
「使ってないんです」
女はレジ袋を床に下ろした。
「持って歩いてただけで」
合鍵の機械は、元の鍵の山を針でなぞり、同じ形に新しい鍵を削る。元が丸ければ、丸い鍵ができる。
「このままだと、削っても回らないかもしれません。もとの山がもう残ってないので」
「そうですか」
「錠前の番号がわかれば、メーカーから取り寄せはできます。一週間くらい」
「番号は……」
女は鍵を見た。番号の刻んであったあたりも、すり減って読めなかった。
「わからないです」
西岡は棚から新しい鍵の地金を一本取った。元の鍵と並べて万力に挟み、ルーペを右目に当てた。すり減った山の、いちばん深いところだけがかろうじて残っている。そこから角度を見当づけて、やすりで一つずつ山を立てていく。手でやる仕事は月に一度あるかないかだった。
女は丸椅子に座って待った。途中で一度立ち上がって、長ねぎの向きを直した。
二十五分かかった。
西岡は二本の鍵をカウンターに並べた。古いほうは丸く、新しいほうは山が尖っていて、蛍光灯の下で光った。
「たぶん、これで回ります。もとの錠前が替わってなければ」
「替わってたら?」
「替わってたら、回らないです」
女は口の端だけで笑って、財布から千円札を出した。西岡は手書きの伝票に九百九十円と書き、十円玉を一枚返した。
「回らなかったら持ってきてください。お代はお返しします」
「それが、持ってこられないんですよ」
女は新しい鍵を、古い鍵と同じキーホルダーに通した。色の褪せた、ディズニーランドのミッキーのキーホルダーだった。
「回るかどうか、試しに行く予定がないので」
女はレジ袋を持ち上げて、エスカレーターのほうへ歩いていった。長ねぎが揺れていた。
西岡はやすりの粉を手ではらって、かかとのゴムの続きに戻った。グラインダーを回すと、オルゴールは聞こえなくなった。
読み終えて、どうでしたか