片側交互通行
午後十時。県道三十二号のガソリンスタンドの跡地の前で、片側交互通行が始まった。
水道管の工事で道路を半分掘る。掘ったほうの車線には赤いコーンと黄色と黒のバーが並び、その両端に交通誘導の警備員が一人ずつ立つ。
北側が横山で六十七歳。南側が柴田で二十歳。柴田はこの仕事を始めて四日目だった。
二人は無線で話す。
「北、止めました。南、どうぞ」
横山の声はいつも同じ高さだった。
「……南、あ、南、出します」
柴田の声は毎回ちがった。
十一時を過ぎると車はほとんど来なくなった。来るのはタクシーとトラックと、ときどきコンビニの袋を助手席に置いた軽自動車くらいだった。
零時十五分。南から白いワンボックスが来た。柴田は誘導灯を横に振って止めた。北からは何も来ていない。無線を押した。
「南、一台、止めてます。北、あの」
「北、なし。出していいよ」
柴田は誘導灯を前に振った。ワンボックスは動かなかった。運転席の窓が下りて中年の男が顔を出した。
「兄ちゃん、どっち」
柴田はもう一回前に振った。今度は大きく振った。男は「ああ」と言って窓を閉め、出ていった。
無線が鳴った。
「今の、振り、小さかったね」
「……すみません」
「いや、夜はね、大きく振んないと見えないの。こっちから見ると、ぼうっと赤いのが、ちょっと揺れてるだけ。蛍みたいに」
柴田は何も答えなかった。無線を持った手を下ろし、誰もいない道に向かって誘導灯を一回大きく振ってみた。
一時。工事の人たちは発電機の音の中で穴の底にいた。照明が穴の中だけを白くしていて、柴田の立っているあたりは暗いままだった。スタンドの跡地に残った錆びた看板の支柱に蛾が集まっていた。
二時半に横山から無線が来た。
「柴田くん、休憩、先行って」
「いや、横山さん先に」
「おれはいいの。年寄りは寝なくても平気」
柴田は現場の端に停めたワゴン車の中で十五分休んだ。缶コーヒーを飲んだ。ボスの微糖。ポケットにはもう一本入っていた。
戻るときに工事の横を歩いて北側まで行った。横山は誘導灯を下ろして県道の先をじっと見ていた。車は来ていなかった。
柴田は缶コーヒーを差し出した。
「……これ」
「あ、いいの?」
「間違えて二本買ったんで」
横山は受け取ってラベルを見た。
「微糖か。おれ、ブラックなんだよな」
「え、すみません」
「いや、飲むよ。飲む飲む」
横山はプルタブを開けて一口飲み、「甘いね」と言った。それから誘導灯を持ち直した。
「南、戻っていいよ。そろそろ新聞の車が来る」
柴田が南側に戻ったころ、北のずっと先にライトが見えた。
無線が鳴った。
「北、一台。止めてます」
柴田は南の道の先を見た。誰もいなかった。誘導灯を持ち上げて大きく振った。
読み終えて、どうでしたか