片方の手袋
彼と別れた冬、わたしの部屋に彼の手袋が片方だけ残った。
紺色の毛糸の、ちょっと毛玉ができてるやつ。左手。右手はたぶん彼が持っていった。
返そうかと思ったけど、LINEを送る理由を作るみたいで嫌だった。捨てようかとも思って燃えるゴミの日に三回持って出て、三回持って帰ってきた。結局クローゼットの奥の靴の箱に入れた。
それから五年。二回引っ越して、仕事を一回変えて、べつの人と付き合って別れた。靴の箱は引っ越しのたびに段ボールに詰められて、新しい部屋のクローゼットの奥に戻った。中身を確認したことは一度もない。
去年の十二月、池袋駅の西武線の改札の前で、紺色の手袋が片方落ちているのを見つけた。右手だった。
拾うと見覚えのある毛玉があった。いや、毛玉なんてどれも同じだ。でも手首のところのゴムが一か所ほつれていて、そのほつれ方に覚えがあった。わたしが引っぱって伸ばしたところだった。
「すいません、それ」
振り向いたら彼だった。五年分、ちょっとお腹が出ていた。
「片っぽしかないんだけど、ないと困るから、いつもポケットに入れてて。落としたみたい」
「片っぽしかないのに、つけてないの」
「つけてない。片っぽだけだと変じゃん」
「じゃあなんで持ってるの」
彼は「さあ」と言った。
改札の電光掲示板が急行の発車を知らせていた。わたしたちは二人ともその電車には乗らなかった。
「左、わたし持ってる」
「……知ってる」
「なんで知ってるの」
「おれの部屋になかったから」
理屈はそうだ。そうなんだけど。
次の日曜、靴の箱を開けた。五年ぶりに見た左手の手袋は記憶よりずっと小さかった。右手と並べると左のほうが色が濃い。右は五年間ポケットの中でこすれて、薄くなっていた。
彼は右手に、わたしは左手にはめた。
「あいてるほう、どうする」と彼が言った。
「寒いね」とわたしは言った。
読み終えて、どうでしたか