レモン味の飴
高一の二学期、毎日保健室に行った。
教室にいると、息がうまく吸えなくなった。二時間目くらいに「おなかが痛い」と言って保健室に行って、ベッドで一時間寝る。それが毎日になった。
保健室の先生は、五十代くらいの女の人だった。毎日来るわたしに、何も言わなかった。体温計を渡して、ベッドのカーテンを引いて、それだけ。体温はいつも平熱だった。先生は記録用紙に「36.4」と書いた。何も言わずに。
ある日から、ベッドの枕元に飴が一個置かれるようになった。
レモン味の、黄色い、コンビニで売ってる普通のやつ。包み紙には何も書いてない。毎日一個。
一か月くらいして、聞いた。
「なんで、飴くれるんですか」
先生は、パソコンを打ちながら言った。
「あなた、ここ来るとき、口をぎゅーって閉じてるでしょ。歯食いしばってる。飴なめてると、口がゆるむから」
気づいていなかった。わたしは、ずっと奥歯に力を入れていたらしい。そのせいで、ときどき頭が痛かったのかもしれない。
「それだけ。教室に戻そうとか、考えてないから」
先生はパソコンから目を離さなかった。
それから、少しずつ話すようになった。家のこととか、クラスのこととか、自分でもよくわからない息苦しさのこととか。先生はたいてい、飴をなめながら聞いていた。先生もレモン味だった。二人で黙ってなめてる時間も多かった。
二年に上がって、教室にいられる時間が少しずつ増えた。保健室に行く回数が減った。
卒業式の日、保健室に挨拶に行った。先生は、ジャムの空き瓶に飴を詰めたものをくれた。
瓶のラベルに、先生の字で書いてあった。
「あなたがなめた飴 三百十二個」
「数えてたんですか」
「記録用紙に書いてたから。体温の横に」
わたしが寝ていた日の記録用紙には、全部「36.4 飴1」と書いてあったらしい。
わたしは今、別の高校で養護教諭をしている。机の引き出しにはレモン味の飴が入っている。
記録用紙に何と書くかは、まだ決めていない。
読み終えて、どうでしたか