三年間の作文
高三の三月、国語の田村先生が定年退職することになった。
田村先生は厳しかった。宿題を忘れたら廊下に立たせる。今どき。作文は赤で真っ赤にして、三回書き直させる。生徒からはあまり好かれていなかった。あだ名は「赤鬼」。赤ペンの赤。
最後の授業の日、先生は教科書を持ってこなかった。代わりに、分厚い紙の束を教卓に置いた。
「今日はこれを読みます」
一年のときに書かされた作文だった。「十年後の自分へ」。全員分、三年間保管していたらしい。
先生は一人ずつ名前を呼んで、作文の一節を読み上げた。
「佐藤。『十年後のぼくは、たぶん何もしてないと思います』。佐藤はその後、生徒会長になりました。十年後も、たぶん何かしてます」
「山田。『私には取り柄がありません』。山田の作文は、三年間で一番うまくなりました。取り柄です」
「鈴木。『十年後はYouTuberになってます。登録者百万人』。……まあ、がんばれ」
教室が笑った。赤鬼が冗談を言ったのを、初めて聞いた。
私の番が来た。
「中島。『私は、誰にも必要とされていない気がします』」
教室が静かになった。私は、自分がそんなことを書いたのを忘れていた。顔が熱くなった。
先生は、こっちを見て言った。
「先生は、中島の作文を読むのが楽しみでした。三年間。以上です」
以上です、で終わった。
チャイムが鳴った。先生は紙の束をそろえて、教卓の上で二回トントンと叩いた。
「作文は返します。十年後に読んでください。捨ててもいいです。先生の授業は、これで終わりです」
誰も立たなかった。誰かが拍手を始めて、みんなが続いた。先生は拍手が終わるまで、教卓の横で、なぜか直立不動で待っていた。
作文は今も、実家の机の引き出しにある。十年たったので、この前読んだ。
「誰にも必要とされていない気がします」の横に、赤ペンで小さく書いてあった。一年のときは気づかなかった。
「主語が大きい。書き直し」
読み終えて、どうでしたか