創作学校・先生約3分

作文のうそ

塾でバイトしてた大学三年の夏、中三の翔くんの作文を見てやることになった。

高校入試の作文対策。テーマは「夏休みの思い出」。翔くんは、見るからに書く気がなさそうな子で、授業中はだいたい消しゴムのカスを練って丸めてた。

出てきた作文は、家族で沖縄に行った話だった。

美ら海水族館のジンベエザメがでかかった、海がきれいだった、父がシュノーケリングで溺れかけて母が爆笑した、帰りの空港でサーターアンダギーを買いすぎた。四百字ちょっと。正直、中三にしてはかなりうまかった。父親が溺れかけるくだりは読んでて笑った。

赤ペンで「具体的でいい!」と書いて返した。

その日の授業の終わりに、塾長に呼ばれた。

「翔くんの作文、見た?」

「見ました。うまかったです」

塾長はちょっと黙って、それから小声で言った。翔くんのお父さんは春から入院していて、お母さんは仕事を二つかけもちしていて、夏休みはどこにも行っていないはずだ、と。面談で聞いたんだという。

「書き直させたほうがいいんですかね。入試で嘘書くのは……」

塾長は「うーん」と言って、それきり何も言わなかった。

次の週、翔くんに聞いた。

「この作文さ、ほんとの話?」

翔くんは消しゴムのカスを丸めながら、目も上げずに言った。

「行く予定だったんですよ。去年の冬に決めてて。父さんが、ボーナス出たら沖縄行くぞって。シュノーケルとかも買ってた」

「そっか」

「だから、行ってたらこうなってたって話です。父さん泳げないんで、たぶん溺れてたと思う」

おれは、なんて言えばいいのかわからなくて、しばらく赤ペンのキャップを開けたり閉めたりしてた。

「本番でこれ書くのは、やめといたほうがいいと思う」と、結局言った。「採点する人は事情知らないし。ほんとの話を書けって言われてるから」

「わかってます」

翔くんはあっさり言って、別の作文を書いた。部活の最後の大会の話。一回戦で負けた。可もなく不可もない、ふつうの作文だった。赤ペンで「構成OK」と書いた。

沖縄の作文は、返さなかった。翔くんが「いらないです」と言ったので、おれのファイルに挟んだままになった。

翔くんは第一志望に受かった。卒塾の日にお菓子の箱を持ってきた。中身は、サーターアンダギーだった。

「父さん、退院したんで。春休みに行ってきました」

「沖縄?」

「近所の、スーパーの沖縄フェアです」

翔くんは真顔で言って、それから初めてちょっと笑った。

「溺れはしなかったです。プールないんで」

#くすっと笑えていい話 #心温まる話

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