丸のついた献立表
小学校の給食室で三十年働いた。
毎日六百二十人分。作って、戻ってきた食缶と食器を洗う。食器を見ると、その日の給食がどうだったかだいたいわかる。ピーマンの日は残飯が多い。カレーの日は食缶がなめたみたいにきれいになって戻ってくる。
ある年、三年二組の食器に毎日きれいに空になっているお皿があった。どのクラスのどの子のかまではわからない。でも三年二組の食缶だけは、苦手な子が多いはずのひじきの日もレバーの日も、妙に減っていた。
担任の先生に聞いた。先生は少し言いにくそうに話した。
「一人、おかわりを全部取っていく子がいるんです。たぶん家であんまり食べさせてもらえてなくて。今、児童相談所と話してます」
量を増やすことはできない。その子だけ特別扱いもできない。
私にできたのは、その子のことを考えながら作ることぐらいだった。といっても、何をどう考えればいいのかもよくわからない。レバーの臭みをいつもより丁寧に抜いた。それくらい。
一年後、その子はおばあちゃんの家に引き取られて転校していった。
最後の日、給食室の扉がノックされた。小柄な男の子が立っていた。顔を見たのは初めてだった。
「いつも、おいしかったです」
それだけ言って、紙を一枚差し出した。一年分の献立表をホチキスでとめたやつで、毎日の献立に赤鉛筆で丸がついていた。
丸じゃない日もあった。レバーの日には「△」がついていた。ひじきの日は「○」。カレーの日は「◎」。一回だけ「×」の日があって、見たらゴーヤチャンプルーの日だった。
「全部おいしかったわけじゃないのね」
「ゴーヤは、むり」
男の子はまじめな顔で言った。
私はその献立表を給食室の壁に貼った。
それから二十年たった定年の日に、給食室に青年が訪ねてきた。
「三年二組の、ゴーヤの」
青年は今、調理師をしていて、子ども食堂を手伝っているという。
「ゴーヤ、食べられるようになった?」
「まだ無理です。子ども食堂でも出してません」
読み終えて、どうでしたか