創作見知らぬ人約2分

最初の百円

高一の夏、部活帰りに駅の自販機の前で立ち尽くしていた。

財布に九十円しかなかった。ポカリは百円で、十円足りない。のどはカラカラで、ボタンの前で財布をもう一回ひっくり返したけど、出てきたのは駅前の歯医者の診察券だけだった。

「足りないの」

スーツの男の人が百円玉を差し出していた。

「いや、いいです」

「いいから。おれも高校のとき、同じことあってさ。知らないおじさんが百円くれた。だから、これはそのおじさんの百円」

男の人は百円玉をわたしの手に押しこんで、改札に消えていった。

ポカリを買った。財布の九十円はそのまま残った。

大学生になって塾講師のバイトをした。ある日、塾の近くのコンビニの前で生徒の中学生がしょんぼりしていた。財布を忘れて夕飯が買えないというので、百円玉を三枚渡した。

「先生、返します」

「いいよ。先生も高校のとき、知らない人に百円もらったの。だから、これはその人の百円」

言いながら、あの男の人と同じことを言ってるな、と思った。

生徒は不思議そうな顔で受け取った。

十年たって、その生徒から手紙が来た。封筒の字はあのころの答案と同じで、右に傾いていた。

「先生、覚えてますか。コンビニの前で三百円もらった者です。

先週、駅で小学生が泣いてました。切符のお金を落としたらしくて。千円渡しました。『お兄さんも昔、知らない人にお金もらったから』って言って。

そのとき思ったんですけど、先生の百円は、先生のでも、先生にくれた人のでもなかったんですね。もっと前から、誰かが誰かに渡してたお金なんですね。

あと、三百円が千円になってるので、インフレしてます」

インフレしていた。

最初の百円が、どこから来たのかはわからない。わかる日は来ないと思う。あのスーツの男の人の「おじさん」にも、たぶん「おじさん」がいた。

ところで、わたしの九十円はあの日から財布の小銭入れの奥に入ったままになっている。なんとなく使えない。十円玉が九枚。

たぶんこれが一番どうでもいい。

#心温まる話 #くすっと笑えていい話

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