創作見知らぬ人約3分

スタンプの送り方

ちょっとした話なんだけど、書いておきたくなったので。

先週、皮膚科の待合室にいた。水虫です。どうでもいいか。月曜の午前中で激混みで、受付で「一時間半くらいです」と言われた。

隣に座ってたおばあさんが、ずっとスマホとにらめっこしてた。らくらくホンじゃなくて、普通のiPhone。たぶん家族のお下がり。画面にヒビが入ってて、ケースは孫が選んだっぽいキラキラのやつ。

で、急にこっちを向いて、

「すみません、これ、どうやったら動物のが出るの」

と言われた。

動物のが、なに? と思ったら、LINEのスタンプのことだった。孫が「おばあちゃんにあげる」って、ウサギのスタンプをプレゼントしてくれたんだけど、使い方がわからない、と。

「送りたいんだけどね、いつもこの、ニコニコの顔しか出ないの」

絵文字だった。ニコニコの顔。

画面を見せてもらって、スタンプのボタンを教えた。入力欄の横の、あの顔のマーク。押したら、ウサギがずらっと出てきた。

「あら!」

声が大きくて、待合室の半分くらいがこっちを見た。

「どれ送る?」

「どれがいいかしら」

ここから長かった。ウサギは四十種類あった。おばあさんは一個ずつ長押しして、動くのを見て、「これは怒ってるの?」「これは何してるの?」と聞いてくる。ウサギが土下座してるやつ、ウサギがラーメン食べてるやつ、ウサギが「おつかれさまです」の札を持ってるやつ。おれも全部は知らない。「これはたぶん、寝てます」とか適当に答えてた。

十五分くらいかけて、おばあさんは、ウサギがハートを両手で抱えてるやつに決めた。

「これ、変じゃない? 孫、中学生の男の子なんだけど」

「……まあ、大丈夫じゃないですか」

大丈夫じゃない気もしたけど、言わなかった。

送信。

既読はすぐにはつかなかった。平日の昼だし、学校だし。おばあさんは画面をずっと見てた。

そのあいだに、おばあさんのほうが先に名前を呼ばれた。「ヨシダさーん」。立ち上がって、おれにスマホを見せて、「来たら教えてね」と言った。いや、あなたのスマホなんで、とツッコむ前に、診察室に入っていった。スマホは持っていった。

十分くらいして、戻ってきた。そのまま会計に行くのかと思ったら、わざわざこっちまで来た。

「来た」

見せてくれた。孫からの返信。

ウサギが、土下座してるスタンプだった。同じシリーズの。

「これ、どういう意味?」

「……たぶん、ありがとう的な、感じです。たぶん」

「そう」

おばあさんは、満足そうに画面を閉じて、会計に行った。帰りぎわ、おれに向かって、手に持ってたのど飴を一個くれた。はちみつきんかんのど飴。

おれの名前が呼ばれたのは、そのさらに四十分後だった。

のど飴は、診察室で先生と話しながらなめた。先生に「飴はちょっと」と言われた。

#くすっと笑えていい話 #心温まる話

読み終えて、どうでしたか

保存する・アプリで読む LINEで送る

アプリでは、毎日新しい物語が届きます。

← 前の話臨時列車

この話を読んだ人におすすめ

67
創作見知らぬ人約2分

最初の百円

自販機の前で十円足りなかった日、スーツの男性がくれた百円玉。

64
創作見知らぬ人約2分

杖の老人

東欧の町で迷った夜、言葉の通じない老人が宿まで歩いてくれた。

161
創作見知らぬ人約5分

もうひとりの佐久間さん

丁目がひとつ違うだけの、同じ番地の同じ苗字。四十年あまり、郵便を届け合ってきた相手の顔を、私はまだ知らない。

144
創作学校・先生約4分

石の連絡帳

小学二年のたいちのランドセルには、いつも石が入っている。新任の担任と、夜勤の多い母親が書きつなぐ連絡帳。

8
創作家族約2分

背中の文字

口下手な兄が、弟の背中に指で書いた言葉。

119
創作家族約2分

父とドラッグストア

中二の娘に頼まれて、父がはじめて買いに行ったもの。