父とドラッグストア
娘が中学二年のとき、夜の十時すぎに部屋のドアの向こうから声がした。
「お父さん、ちょっと」
ドアは開かなかった。
「ナプキン、切れた。明日、学校」
妻と別れて三年になる。娘の世話はひととおりやってきたつもりだったが、それはやってこなかった。娘が自分で買っていたのか、たまに会う妻が渡していたのか、それも知らなかった。
「わかった」とだけ答えて車の鍵を持って家を出た。
国道沿いのドラッグストアは夜十一時まで開いている。店に入って案内板で「生理用品」の文字を探し、棚の前まで行ったところで動けなくなった。
多い日用、普通の日用、夜用、羽つき、羽なし、スリム、ふんわり、二十センチ、二十五センチ、三十センチ、四十センチ。ぜんぶで五十種類くらいあった。
スマホで娘に「どれ?」とLINEした。既読がついてしばらくしてから、ピンクのパッケージの写真が送られてきた。
棚を三往復してやっと同じものを見つけた。ついでに横にあった「夜用」もかごに入れ、それからなんとなく痛み止めの棚のほうへ回って、薬剤師さんに「中学生が飲んでも大丈夫な、生理痛の」と聞いた。言いながら耳が熱くなった。薬剤師さんは四十代くらいの女性で、なんでもない顔で一つ選んでくれた。
レジの若い男の子は何も言わずに商品を紙袋に入れてくれた。手つきが慣れていた。
家に帰って娘の部屋のドアの前に紙袋を置いた。
「置いといた」
「ありがと」
ドアは開かなかった。
翌朝には台所のテーブルに紙袋が戻っていた。中には夜用のほうだけが残っていて、メモが一枚入っていた。
「これは多い日の夜のやつ。今回はいらない。でも、とっとく。薬は、ありがとう。お父さん、レシートはいってた。2,148円。けっこうするでしょ」
その下に、小さく書いてあった。
「次からは、自分で買う」
それから娘は本当に自分で買うようになった。私のほうも、そのことについては何も言わなかったし聞きもしなかった。
去年、娘は大学に進学して家を出た。引っ越しの荷物をまとめていたら、洗面所の棚の奥からピンクのパッケージがひとつ出てきた。封の開いていない夜用のやつで、五年前の日付のレシートがテープで貼りつけてあった。
娘は「あ、それね」と言っただけで段ボールに入れた。
読み終えて、どうでしたか