創作家族約2分

弁当箱の蓋の裏

娘の沙希が口をきかなくなって、三か月たった。

高校二年。何を聞いても「べつに」か「うざ」。夕飯は部屋に持っていく。廊下ですれ違うと、壁にぴったりくっついてよける。そこまでしなくても。

弁当だけは毎朝持っていった。無言で。

ある朝思いついて、弁当箱の蓋の裏にふせんを貼った。

「卵焼き、甘くしてみた」

返ってきた弁当箱は空で、ふせんはなくなっていた。捨てたんだろうと思った。

次の日も貼った。「ミニトマト三つ」。その次は「雨らしい 傘」。その次は「冷凍のグラタン、実験的に入れた。まずかったらごめん」。

一か月のあいだ毎日貼った。返事はなかった。空の弁当箱だけが、毎日流しの横に置いてあった。グラタンの日だけ少し残っていた。

ある晩、洗濯物をしまいに娘の部屋の前を通ったら、ドアがちょっと開いていた。机の上のコルクボードに、黄色いものがびっしり貼ってあるのが見えた。

ふせんだった。

日付順にきちんと並んでいた。私の字の横に、娘の字で小さく何か書いてある。

「甘いほうがいい」

「四つでもいい」

「傘なかった ぬれた」

「グラタンはない」

最後のは、赤ペンで二重線が引いてあった。

私は洗濯物を抱えたまま、しばらく廊下に立っていた。それから、そっとドアを閉めて台所に戻った。

グラタンはない、か。

翌朝もふせんを貼った。

「グラタンはもう入れません。ぬれたって書いてあったので、折りたたみ傘をかばんの外ポケットに入れました」

書いてから、これじゃ部屋をのぞいたのがばれる、と思った。でも書き直さなかった。

娘は何も言わずに弁当を持っていった。

その日、返ってきた弁当箱の蓋の裏に、ふせんが貼ってあった。私の字じゃないやつ。

「見たでしょ」

その下に、もう一行。

「ミニトマトは四つ」

#心温まる話 #くすっと笑えていい話

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