ビリの理由
息子の翔太は足が遅い。幼稚園の年少から小三まで、かけっこは全部ビリだった。数えたら七回。
小三の運動会、八十メートル走。スタートの笛で、翔太は案の定、最初の十メートルで置いていかれた。私はビデオを構えたまま、なぜか息を止めていた。
半分くらいのところで、前の子が転んだ。膝から派手にいった。
翔太はその子に追いついて、止まった。止まって、手を出した。二人で立って、一緒に走って、一緒にゴールした。ビリとビリ。会場からは、わあっと拍手が起きた。
私は正直、ちょっと悔しかった。あのまま走っていれば、初めてビリじゃなかったのに。妻には言わなかった。言ったら怒られるのはわかっていた。
帰りにファミレスで、翔太に聞いた。
「なんで止まったの」
翔太はお子様ランチの旗をいじりながら、「だってさあ」と言った。
「転んだとき、みんな行っちゃうじゃん。あれ、けっこうやなんだよ」
「翔太、転んだことあるの」
「練習でめっちゃある。六回くらい」
知らなかった。翔太は家で運動会の話をほとんどしなかった。
「じゃあ、止まってくれた子いた?」
「いない」
翔太は旗をチキンライスに刺しなおして、それから急に、
「お父さんは? 転んだことある?」
と聞いた。
ある。小学校の四年のときだ。リレーのバトンを受けた瞬間に転んで、クラスで一番になれなかった。誰も止まらなかった。当たり前だけど。そのあと三日くらい学校に行きたくなかった。
「……ある」
「止まってくれた人いた?」
「いない」
翔太は「ふーん」と言って、ハンバーグを食べ始めた。それで話は終わった。
妻がストローをくわえたまま、私のほうを見ていた。何も言わなかった。
翌年の運動会、翔太はまたビリだった。今度は誰も転ばなかった。ゴールした翔太に向かって、私は名前を叫んだ。前にいた知らないおじいさんが振り向くくらいの声だった。翔太はテントの前を通るとき、手をぱたぱた振った。顔はふつうだった。ビリだし。
読み終えて、どうでしたか