網戸の張り替え
娘から電話があったのは六月の終わりだった。網戸が破れて蚊が入ってくる、管理会社に言ったら自費だと言われた、どうしたらいいか、という話だった。
「ホームセンター行け。張り替えのセット売ってる」
「やり方わかんない」
「動画見ろ」
「見た。無理」
それで日曜に行くことになった。女房は「呼ばれたわけじゃないでしょ」と言ったが、呼ばれたようなもんだと思う。
カインズで網を買った。十八メッシュのグレー、九十一センチ幅の二メートル。押さえゴムと、ローラー。ローラーは家にもあるが、先が欠けているので新しいのにした。八百九十八円だった。
娘のアパートは京王線の駅から歩いて十四分のところにある。二階の角部屋。入るのは引っ越しの日以来で、二年ぶりだった。玄関に知らない男物のサンダルがあった。何も言わなかった。娘も何も言わなかった。
網戸は、見事に破れていた。下のほうが、猫が引っかいたみたいにびらびらになっている。
「猫飼ってんのか」
「飼ってない。ペット不可だし」
「じゃあなんだこれ」
「……掃除機」
聞かなかったことにした。
ベランダに新聞を敷いて、網戸を外して寝かせた。古いゴムを引き抜くと、ぼろぼろに固くなっていて途中で三回ちぎれた。前の住人の、もっと前の住人のころからのゴムだろう。網を枠にかぶせて、洗濯ばさみで四隅をとめる。これをやらないとずれる。娘は横でしゃがんで見ていた。見ているだけで、手は出さなかった。昔からそうだ。自転車のパンクを直すときも、プラモデルを作るときも、横でしゃがんで見ていた。
ローラーでゴムを溝に押しこんでいく。角のところで、ゴムがうまく曲がらない。汗が目に入った。ベランダは西向きで、午後の日がまともに当たる。
「お父さん、麦茶飲む?」
「あとで」
「コンビニのやつしかないけど」
「あとでって言ってんだろ」
口が悪いのは自分でもわかっている。娘は引っこんで、それから冷蔵庫を開ける音がした。
一辺目が終わったところで、網がたるんでいるのに気づいた。やり直しだった。ゴムを抜いて、洗濯ばさみをつけ直す。二回目は、うまくいった。余った網をカッターで切るとき、娘がやっと「やってみたい」と言ったので、カッターを渡した。枠の溝に刃を沿わせて、ゆっくり引く。娘は途中で一回、網戸の枠まで切りそうになって、「わ」と言った。
はめ直して、窓を閉めたり開けたりしてみた。すべりは悪くなかった。
「すご。新品みたい」
「新品だからな」
麦茶は、ぬるくなっていた。コップじゃなくて、どこかのカフェのロゴが入ったタンブラーに入っていた。飲んだ。
帰りぎわ、玄関でサンダルをもう一回見た。二十七センチくらいある、でかいやつだった。
「ゴム、余ったから置いてくぞ。また破れたら」
「掃除機に言っとく」
娘はそう言って、ドアを閉めた。駅まで歩く途中で、古い網を丸めて持って帰ってきてしまったことに気づいた。向こうで捨ててくりゃよかった。家の燃えないゴミの日まで、車のトランクに入れておいた。
読み終えて、どうでしたか