代打の三者面談
弟の三者面談に行くことになった。俺が。
母さんはその日が夜勤明けで、朝九時に帰ってきて夕方まで寝る予定だった。親父は名古屋に単身赴任していて、有給はお盆で使い切ったらしい。それで日曜の夜、家族のLINEに「ゆうと、木曜の三時半いける?」と来た。いけるかいけないかで言えば、いける。三年の後期なんて木曜は四限のゼミしかない。そのゼミを休むことになるんだけど、それは母さんには言っていない。
何を着ていけばいいのかわからなかった。正直そこがいちばん悩んだ。私服だとチャラいと思われそうだし、弟の担任にチャラいと思われる兄ってなんなんだって話だし。結局、就活用に買ったスーツを着た。青山で二着目半額だったやつの、一着目のほう。ネクタイを締めたら鏡の中の自分が完全に「面接に来た人」で、これはこれで違う気がしたけど時間がなかった。
中学は俺も通っていたところで、六年ぶりに入った。昇降口のにおいが全然変わっていない。ワックスと、なんか牛乳っぽいの。来客用のスリッパは緑色で、かかとに「職員室」とマジックで書いてある。それも変わっていなかった。
三年二組の前の廊下に椅子が二つ出ていて、弟がスマホをいじりながら座っていた。俺を見て、上から下まで見て、「就活?」と言った。
「お前のためだよ」
「頼んでない」
担任は三十代くらいの女の先生で、名札に「藤巻」とあった。俺のころにはいなかった人だ。「お兄さんですね、お母さまから伺っています」と言われて、なぜか「はい、兄です」と二回言った。
机を四つくっつけた島に向かい合って座る。先生が成績の表を出して、数学と理科の欄を指で押さえた。悪くない。というか俺より全然いい。俺は中三の二学期、理科が「3」だった。その話を今するべきではないのはわかっていたので黙っていた。
「志望なんですけど、本人からは県立工業の電気科と聞いています。ご家庭ではどうお考えですか」
知らなかった。
家で弟と話すことなんて、風呂が空いたとか、俺のプリン食べたかとか、その程度だ。母さんからは「普通科の近いとこじゃない?」くらいしか聞いてなかった。弟を見ると、机の角を親指でこすっていた。
「ご家庭では、ですか」
「はい」
「ご家庭は……今日は僕なんですけど」
先生がちょっと笑った。弟は笑わなかった。
何か兄っぽいことを言わなきゃと思って、「なんで電気なの」と聞いた。それは家で聞いてください、という顔を先生がした気がする。弟は少し黙ってから「ばあちゃんちのブレーカー」と言った。
去年の正月、田舎のばあちゃんの家でブレーカーが何回も落ちた。こたつとレンジとドライヤーを同時に使うからだ。大人たちが懐中電灯で分電盤を照らしてもどのスイッチがどの部屋かわからなくて、結局弟が全部の回路に付箋を貼った。「台所」「仏間」「こたつ」。俺はそのあいだ、暗い中でみかんを食べていた。
「そんだけ?」
「そんだけ」
先生は電気科の就職率とか、取れる資格とか、オープンスクールが十一月にあることとかを説明してくれた。俺はスマホにメモした。あとで見たら「オープン 11月 第二土 9時」の下に「ブレーカー」とだけ書いてあって、自分でも何のメモかわからなかった。
「お母さまにも、お伝えいただけますか」
「伝えます」
伝えるのは俺なのか、と思ったけど、まあそうだ。
帰りは弟と二人で歩いた。並んで歩くのはたぶん小学生のとき以来で、どっちの歩幅に合わせればいいのかわからない。弟のほうがもう背が高かった。それも今日気づいた。いや、正月にばあちゃんちで並んで歯をみがいたとき、もう気づいてた気もする。
ローソンの前で弟が立ち止まって「からあげクン」と言った。
「は?」
「来てもらったから」
おごってくれるのかと思ったら、俺が財布を出すのを待っていた。レッドを一つ買って、駐車場の車止めに座って半分ずつ食べた。スーツのズボンに油が落ちた。
「母さんになんて言う」と弟が聞いた。
俺は少し考えて「スーツ代を請求する」と言った。
弟は「二着目半額のほうなら安いじゃん」と言った。なんでそれを知ってるんだ。
読み終えて、どうでしたか