創作仕事約3分

十九時四十分の値引き

十九時四十分、小松はバックヤードの扉を背中で押して売り場に出た。右手に値引きシールのラベラー、左手のかごに「半額」の黄色い札が二巻き。スーパーマルヤス東町店の鮮魚コーナーは、入口から見ていちばん奥の壁ぎわにある。

平台の刺身は残り六パック。まぐろの中落ち、サーモンが二つ、ぶりの切り落とし、たこぶつ、それに九八〇円の盛り合わせが一つ。小松はラベラーの目盛りを親指で回し、まず中落ちに三割引を貼った。ガチャン、と音がする。音がするたびに、少し離れた冷凍食品の島のあたりで誰かの足が止まる。

作業着の男はいつもどおり卵の棚の前にいた。

六十代の終わりか、七十を少し越えたくらい。グレーの上下の胸に「(有)平井設備」と刺繍がある。かごには何も入っていない。男は卵のパックを一つ手に取って日付を見て、棚に戻し、また別のを取った。毎晩同じことをしている。卵を買ったところを小松は一度も見たことがない。

ラベラーが詰まった。黄色い札が三枚、蛇腹になって口から飛び出す。小松は爪の先で引っぱり出して丸め、エプロンのポケットに押しこんだ。惣菜のほうから主任の声がした。

「小松さん、そっち終わったら天ぷらも」

「はい」

盛り合わせに手を伸ばしたところで、横から学生ふうの若い男が先に取った。リュックを片方の肩にかけ、イヤホンを片耳だけ外している。

「これ、まだ下がりますか」

「今からです」

小松は若い男の手の中のパックに半額を貼った。若い男は礼を言って、レジのほうへ歩いていった。たこぶつにも半額。中落ちの三割引の上に、半額を重ねる。

卵の棚の前で、作業着の男がパックを戻した。

男はいつも盛り合わせの前まで来て「これ、まだ下がる?」と聞く。小松は「下がりません」と答える。男はそれで半額の盛り合わせを一つ買っていく。先週まではそうだった。今夜の男は棚の前に立ったまま、こちらへ歩いてこない。

小松は平台の残りを見た。サーモンが二つと、ぶりが一つ。ぶりの切り落としは身の色が少し落ちて、端が乾きかけている。ラベラーの目盛りを回した。カチ、カチ、と二つ。

ぶりに半額を貼り、その上から「さらに一〇〇円引」の赤い札を重ねた。

それからサーモンを二つ手前に揃えた。平台の縁についた霜を軍手の甲で拭いた。拭く必要はなかった。

「小松さーん」

「今行きます」

小松はかごを持って惣菜のほうへ歩いた。冷凍食品の島の角を曲がるとき、うしろでプラスチックのパックが平台から持ち上がる音がした。

小松は振り向かなかった。天ぷらの棚の前で、ラベラーの目盛りを半額に戻した。

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