ボイラー室の人
中学二年の冬、私は教室に入れなかった。
朝、校門までは行ける。昇降口で上履きにも履きかえられる。でも、三階の教室の前まで行くと、足がそれ以上動かなくなる。理由はうまく言えない。今もうまく言えない。
保健室は、同じような子で埋まっていた。相談室には、苦手な先生がいた。
行く場所がなくて、一階の廊下のいちばん奥まで歩いた。「関係者以外立入禁止」と書かれた鉄の扉があって、その横のベンチに座った。扉の向こうで、ごうごうと何かが鳴っていた。
扉が開いて、作業着のおじさんが出てきた。用務員の小池さんだった。名前は、あとで知った。
「寒いだろ、そこ」
それだけ言って、小池さんは扉を開けたまま中に戻った。入れとも言わなかったし、戻れとも言わなかった。
中はボイラー室だった。学校じゅうの暖房のお湯を沸かしている部屋。暖かかった。暖かいというより暑かった。パイプと計器がぎっしり並んでいて、隅に事務机とパイプ椅子が一つずつあった。
小池さんは事務机で、何かの伝票を書いていた。私は入口の近くの、ペンキの缶の上に座った。小池さんは何も聞かなかった。
十二時になると、小池さんは机の引き出しから弁当を出して、食べはじめた。私は自分の弁当を持っていたので、缶の上で食べた。小池さんの弁当は、ご飯の上に鮭がひと切れのっているだけだった。毎日同じだった。あとで知った。
それから私は、二ヶ月くらい、毎日ボイラー室に行った。
小池さんは、たまに作業を手伝わせた。温度計の数字をノートに写すとか、壊れた椅子のねじを締めるとか。一度、体育館のバスケットゴールのネットを張りかえるのを手伝った。脚立を押さえていただけだけど。
「こういうのは、誰も気づかないんだよな」と、小池さんは脚立の上で言った。「ネットが破れてると気づくけど、張りかえても誰も気づかない」
別に、何かを教えようとしている感じではなかった。ただの愚痴だったと思う。
三月の終わり、担任の先生がボイラー室に来た。小池さんが呼んだのか、先生が自分で見つけたのか、わからない。先生は、クラス替えの名簿を持っていた。
「四月から、一階の教室になるの。三年生は一階だから」
一階なら、行けるかもしれない、と思った。なんで一階ならいいのか、自分でもわからないけど。
四月、私は一階の教室に入った。毎日は無理だった。週に三日くらい。行けない日は、やっぱりボイラー室に行った。
卒業式の日、ボイラー室に行ったら、扉に鍵がかかっていた。小池さんは体育館で、式の椅子の片づけをしていた。
私は遠くから頭を下げた。小池さんは気づいたのか気づかなかったのか、パイプ椅子を六脚まとめて肩にかついで、体育倉庫に入っていった。
バスケットゴールのネットは、まだ白かった。
読み終えて、どうでしたか