創作学校・先生約3分

ボイラー室の人

中学二年の冬、私は教室に入れなかった。

朝、校門までは行ける。昇降口で上履きにも履きかえられる。でも、三階の教室の前まで行くと、足がそれ以上動かなくなる。理由はうまく言えない。今もうまく言えない。

保健室は、同じような子で埋まっていた。相談室には、苦手な先生がいた。

行く場所がなくて、一階の廊下のいちばん奥まで歩いた。「関係者以外立入禁止」と書かれた鉄の扉があって、その横のベンチに座った。扉の向こうで、ごうごうと何かが鳴っていた。

扉が開いて、作業着のおじさんが出てきた。用務員の小池さんだった。名前は、あとで知った。

「寒いだろ、そこ」

それだけ言って、小池さんは扉を開けたまま中に戻った。入れとも言わなかったし、戻れとも言わなかった。

中はボイラー室だった。学校じゅうの暖房のお湯を沸かしている部屋。暖かかった。暖かいというより暑かった。パイプと計器がぎっしり並んでいて、隅に事務机とパイプ椅子が一つずつあった。

小池さんは事務机で、何かの伝票を書いていた。私は入口の近くの、ペンキの缶の上に座った。小池さんは何も聞かなかった。

十二時になると、小池さんは机の引き出しから弁当を出して、食べはじめた。私は自分の弁当を持っていたので、缶の上で食べた。小池さんの弁当は、ご飯の上に鮭がひと切れのっているだけだった。毎日同じだった。あとで知った。

それから私は、二ヶ月くらい、毎日ボイラー室に行った。

小池さんは、たまに作業を手伝わせた。温度計の数字をノートに写すとか、壊れた椅子のねじを締めるとか。一度、体育館のバスケットゴールのネットを張りかえるのを手伝った。脚立を押さえていただけだけど。

「こういうのは、誰も気づかないんだよな」と、小池さんは脚立の上で言った。「ネットが破れてると気づくけど、張りかえても誰も気づかない」

別に、何かを教えようとしている感じではなかった。ただの愚痴だったと思う。

三月の終わり、担任の先生がボイラー室に来た。小池さんが呼んだのか、先生が自分で見つけたのか、わからない。先生は、クラス替えの名簿を持っていた。

「四月から、一階の教室になるの。三年生は一階だから」

一階なら、行けるかもしれない、と思った。なんで一階ならいいのか、自分でもわからないけど。

四月、私は一階の教室に入った。毎日は無理だった。週に三日くらい。行けない日は、やっぱりボイラー室に行った。

卒業式の日、ボイラー室に行ったら、扉に鍵がかかっていた。小池さんは体育館で、式の椅子の片づけをしていた。

私は遠くから頭を下げた。小池さんは気づいたのか気づかなかったのか、パイプ椅子を六脚まとめて肩にかついで、体育倉庫に入っていった。

バスケットゴールのネットは、まだ白かった。

#眠れない夜に読む話 #元気が出る話

読み終えて、どうでしたか

保存する・アプリで読む LINEで送る

アプリでは、毎日新しい物語が届きます。

← 前の話父とドラッグストア

この話を読んだ人におすすめ

52
創作学校・先生約2分

空いた枠

一年間学校に行けなかった私の卒業アルバムに、写真の代わりに入っていたもの。

59
創作学校・先生約2分

天文部の最後の部員

廃部になった天文部で、一人だけ屋上に上がりつづけた。

29
創作友情約2分

屋上の鍵

屋上に行こうとした日、扉の鍵を持っていたのは同じクラスの目立たない子だった。

102
創作友情約3分

ファミチキ半分

部活をやめた親友と、コンビニの駐車場で話したこと。

88
創作挑戦約2分

百円の詩

地下道で詩を売っていたホームレスの男性と、二百枚目の詩。

61
創作見知らぬ人約2分

終電のベンチ

五十社落ちた夜、駅のベンチで声をかけてきた駅員。