百円の詩
駅の地下道で、ノートの切れ端に書いた詩を売っている人がいた。
一枚百円。段ボールの上に、手書きの詩が並べてあった。男の人は、ぼろぼろのダウンを着て、地面に座っていた。
ほとんどの人は、目を合わせずに通りすぎた。わたしも最初はそうだった。
冬の朝、仕事で大きいミスをして、落ちこんで地下道を歩いていたとき、段ボールの上の一枚が目に入った。
「失敗した日の夜は 自分に優しくしていい日 世界は 明日も勝手に 始まるから」
「勝手に」がよかった。
百円玉を置いて、その一枚を取った。男の人は顔を上げて、「どうも」と言った。
それから、通勤のたびに一枚ずつ買うようになった。男の人とも、少しずつ話すようになった。
元は、出版社の編集者だったらしい。会社がつぶれて、いろいろあって、家族とも離れて、気づいたら地下道にいたと言った。いろいろあって、のところは言わなかった。
「言葉だけは、捨てられなくて。紙とペンは、百均で買えるんで」
一年たって、買った詩は二百枚を超えていた。一枚百円なので、二万円。家の机の引き出しがいっぱいになった。
ある日、出版社で働いている大学の友達に、二百枚を見せた。
友達は一枚ずつ、真剣に読んだ。途中で三回くらい、「これ、いいな」と言った。
「本にしよう。うちで」
男の人に伝えた。男の人は、しばらく黙っていた。
「私の詩なんか、誰が読むんですか」
「わたしが二百枚読みました」
「それはあなたが、変わってるからでしょう」
失礼だと思った。
半年後、詩集が出た。表紙は地下道の写真。タイトルは、わたしが最初に買った詩から取った。『明日も勝手に始まる』。
ヒットはしなかった。でも口コミで少しずつ売れて、四刷までいった。男の人はその印税でアパートを借りた。
今は小さい出版社で、また編集をしている。先月、わたしの職場に封筒が届いた。ノートの切れ端が一枚入っていた。
「百円で 人の人生を買った人がいた 返品は 受けつけておりません」
読み終えて、どうでしたか