四段の跳び箱
小学校の六年間、一回も跳び箱を跳べなかった。
四段も跳べなかった。助走しても踏み切り板の前で足がすくむ。手をついてもお尻が乗っかる。毎回跳び箱の上に座る形で終わった。「着席」とあだ名をつけられた。
六年の三学期に、体育の先生が言った。
「卒業までに、跳ぼうか」
昼休みに体育館を開けてくれた。先生と二人で練習した。一週間、二週間。跳べなかった。何回も着席した。
「先生、もういいです」
先生は跳び箱の横にしゃがんで言った。
「跳べなくていいよ。でも、やめるのは卒業式の日まで待って」
練習は続いた。
ある日、昼休みの体育館に、クラスの男子が何人か入ってきた。バスケをしに来たらしい。見られたくなくて帰ろうとした。
「なにしてんの」
「……跳び箱」
「着席の練習?」
一人が言ってみんな笑った。僕もなぜか笑った。
それから、なぜか昼休みの体育館がにぎやかになった。踏み切りの位置にビニールテープを貼るやつ。助走の歩数を数えるやつ。「手、もっと奥!」と叫ぶだけのやつ。バスケは誰もしなくなった。
卒業式の一週間前。いつものように助走した。ビニールテープのところで踏み切った。手を奥についた。
気づいたらマットの上に立っていた。跳び箱の向こう側に。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。周りのやつらが「うおお」と言った。
先生は腕組みして立っていた。何も言わなかった。
「……跳びましたよね、今」
「跳んだな」
もう一回やってみた。着席した。
「今のはノーカンで」と誰かが言った。
四段だった。クラスのほかのやつらは、八段を跳んでいた。
卒業式の日、体育館の隅に跳び箱がしまってあった。四段目のところに、誰かがマジックで小さく書いていた。
「ここ、跳んだ」
先生が書いたのか、クラスの誰かが書いたのか、聞かないまま卒業した。
読み終えて、どうでしたか