みんなの店
駅前の喫茶店「よしだ」が閉店することになった。
店主の吉田さんは七十五歳。四十年、一人でやってきた。膝を悪くして、一日立っているのが無理になったのだという。入口に、手書きの紙が貼られた。「今月末で閉店します。長いあいだありがとうございました」。
貼り紙が出た次の朝、常連の一人が、カウンターの内側に立っていた。
「吉田さん、明日から朝の二時間、手伝います」
定年退職した、元銀行員の男の人だった。エプロンを持参していた。自前のエプロンが、銀行のロゴ入りだった。
次の日、別の常連が来た。「お昼なら、私」。専業主婦の人。
その次の日、大学生が来た。「夕方、バイトの前に入れます」
一週間で、十四人がシフト表に名前を書いた。吉田さんが作ったわけじゃない。常連の誰かがノートを置いて、勝手に表を作った。
吉田さんは困った顔をした。
「気持ちはありがたいけど、みんなに給料払えないよ」
元銀行員の人が言った。
「給料はいりません。ここがなくなったら、私、朝どこに行けばいいんですか。家にいると妻に邪魔にされるんです」
切実だった。
それから、店は続いた。
吉田さんはカウンターの奥の椅子に座って、コーヒーを淹れることだけをした。注文、会計、洗い物、掃除は、常連が交代でやった。元銀行員の人のレジ打ちは、異様に速かった。
不思議なことに、店は前よりにぎやかになった。常連同士が知り合いになった。朝の人と夕方の人は、シフト表の名前でしか知らなくて、ノートの余白で文通みたいなことを始めた。「砂糖の補充しときました」「ありがとうございます、ミルクもお願いします」。
三年後、吉田さんは亡くなった。最後の週まで、カウンターの奥でコーヒーを淹れていた。
常連が集まって、話し合った。続けるか、どうするか。
話し合いは五分で終わった。
コーヒーの淹れ方は、吉田さんに三年教わった元銀行員の人が引き継いだ。味は、ちょっと違う。常連はみんなそれを言う。元銀行員の人は毎回、「知ってます」と言う。
シフト表は、今三冊目だ。
読み終えて、どうでしたか