教育実習の三週間
教育実習の受け入れ先が母校に決まったとき、正直ちょっとうれしかった。知ってる校舎だし、知ってる先生もいるし。
指導教員の名前を見るまでは。
「国語科 指導教員 田部井」
田部井先生。高三の現代文。とにかく厳しくて、授業中に私語をした生徒を黙って見る。怒鳴らない。ただ見る。十秒でも二十秒でも見る。教室の空気が凍る。あだ名は「フリーズ」だった。私はその「フリーズ」を三回くらった。一回は、隣の子に消しゴムを借りただけだったのに。
初日。職員室で挨拶したら、田部井先生は私の顔を見て、「ああ」と言った。覚えてたのか覚えてなかったのかわからない「ああ」だった。
指導案を出すと、真っ赤になって戻ってくる。赤ペンじゃなくて、赤の鉛筆。昔からそうだった。答案の赤も鉛筆だった。「発問が曖昧」「この十分で生徒は何をしているのか」「板書計画がない」。
一週目の金曜、研究授業の練習で四十五分やってみた。ボロボロだった。生徒の半分が寝た。寝た生徒を、私は見なかった。見られなかった。
放課後、準備室で田部井先生に言われた。
「寝てる子がいたね」
「……はい」
「なんで起こさなかったの」
「起こし方が、わからなくて」
田部井先生は、準備室の古い電気ポットでお茶をいれた。ポットが、ごぼごぼ言った。湯のみは二つあって、一つは茶渋で真っ茶色だった。先生はそっちを自分に取った。
「私もわからないよ」
え、と言いそうになった。
「黙って見てるだけ。あれ、ほかに方法がなかったからやってるの。大声出すと、自分がいやになるから」
フリーズの話だった。私は何も言わなかった。言うことが見つからなかった、というか、「私、三回くらいました」と言うのをぎりぎりでこらえた。
二週目から、私は授業中に教室を歩くようにした。寝てる子の机の横で止まる。何も言わない。ただ止まる。三秒くらい。起きる子もいるし、起きない子もいる。フリーズの、ぬるいやつ。
三週目の研究授業は、夏目漱石の『こころ』だった。ベタだけど、教科書に載ってるので。寝た生徒は二人だった。一人は野球部で、朝練明けだったので、許した。
授業のあと、反省会で、校長と教頭と、ほかの先生たちの前で、田部井先生が講評を言った。
「発問はまだ曖昧。板書は字が小さい。時間配分は、最後の五分が足りない」
全部そのとおりだった。私はメモを取った。
「以上です」
それで終わった。ほめられなかった。
実習の最終日、指導記録の冊子が返ってきた。最後のページの所見欄に、赤鉛筆で一行。
「生徒の横で、立ち止まれる人です」
帰りの電車で、それを三回読んだ。四回目を読もうとしたところで、降りる駅を一つ過ぎた。
採用試験は、来年の七月にある。
読み終えて、どうでしたか