創作学校・先生約3分

補習は一人

一学期の物理は二十一点。赤点は三十点未満だから普通に赤点で、夏休みに五日間の補習が決まった。

で、初日に物理室に行ったら生徒はおれ一人だった。

いやいやうそだろって思った。二年の理系は四クラスあるんだよ。赤点おれだけ? 平均五十八点のテストで? みんなどうやって取ってんの。

先生も一人だった。当たり前だけど。担当は四月に来たばっかりの新任の小西先生で、二十四歳、背が高くて白衣がつんつるてんで手首が出てる。授業がわかりにくいことで有名で、黒板に書くのが速すぎるうえに字がめちゃくちゃ小さいから、後ろの席のやつなんか双眼鏡を持ってこようとしてた。

「……一人か」

ドアのところで小西先生も言った。

「一人っす」

「そうか。じゃあ、前に座ろう」

前に座った。物理室の実験机は六人がけででかいのに、そこに一人。先生は黒板の前じゃなくておれの向かいに座った。

「どこがわからなかった?」

「全部っす」

「全部か」

先生はしばらく腕を組んで天井の換気扇を見てた。回ってなかった。

「じゃあ、最初からやる。ボール投げるところから」

一日目はほんとにボールを投げた。物理室の備品のテニスボールを先生が投げて、落ちるまで何秒かかるかをおれがストップウォッチで測って、それを黒板に書く。先生の字はやっぱり小さかった。

「先生、字、小さいっす」

「え」

「後ろのやつら、見えてないっす」

先生は黒板を見て、それからおれを見て「マジか」と言った。先生も「マジか」って言うんだな。

二日目から字がでかくなった。でかすぎて黒板に式が一本しか入らなくて、三回くらい消して書き直してた。

三日目の補習の途中で先生のスマホが鳴った。先生はちょっと出て「すみません、今、補習中で」と言って切った。

「彼女っすか」

「母親」

「なんて?」

「ちゃんとご飯食べてるかって」

先生の机の上にはセブンのおにぎりの包みが二個分あった。シーチキンマヨと昆布。

四日目。放物運動の式がなんか急にわかった。わかったっていうか、ボールの動きと式がくっついた感じ。自分で問題を解いて答えを言ったら合ってた。

先生は「おお」と言って立ち上がり、黒板にでかく丸を書いた。黒板の半分くらいある丸だった。一人の生徒のために。

最終日の確認テストは六十四点だった。先生は答案を返すとき何か言いかけてやめて、「二学期も、前に座れば」とだけ言った。

二学期の物理の最初の授業で、先生の字はでかかった。後ろのやつが「え、見える」と言ってた。おれは前から二番目に座った。一番前はさすがに恥ずい。

先生は黒板にいきなりテニスボールの絵を描いた。そのボールがへたくそで、みんな笑った。

「これ、なんに見える?」

誰も答えなかった。おれは答えを知ってたけど黙ってた。

#元気が出る話 #くすっと笑えていい話

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