百八十六段
坂の上の松尾さんの家まで、階段は百八十六段ある。父が三十年かけて数えた数字だから、たぶん合っている。
東京の不動産屋を辞めて長崎に戻ったのは九月の頭だった。辞めた理由は人に言うほどのことでもないので省く。実家は浜町から少し外れたところで米屋をやっていて、店にいるのは父と母と、配達用の原付が一台。「帰ってくるなら手伝え」と言われて、手伝うことになった。
最初に任されたのが松尾さんの家の配達だった。
「五キロば二週間に一回。玄関の上がり口に置いて、米びつの横にお代の封筒のあるけん、それば持って帰ってくればよか」
「五キロなら軽いね」
父は返事をしないで、伝票の束を輪ゴムでとめていた。
原付で行けるのは坂の途中のお地蔵さんまでで、そこから先は階段しかない。斜面にへばりつくように家が建っていて、どの家の前にも車は入れない。洗濯物と、プロパンのボンベと、猫。猫はやたらといた。
五キロの米を右肩に担いで上りはじめた。最初の五十段は余裕だった。インスタに上げようと思って港の写真を一枚撮った。六十段目で、写真を撮るのに立ち止まったことを後悔した。足が止まると、そこからもう一回動かすのに勇気がいる。百段目のあたりで米袋を左肩に移した。少し広くなったところがあって、白い猫が寝ていた。そこで休んだ。猫は起きなかった。
百八十六段目に着いたときには、膝が笑っていた。ほんとうに笑うのだと思った。膝が。
松尾さんは八十四歳で、玄関の網戸の向こうで新聞を読んでいた。
「浜田です、お米です」
「はいはい、ご苦労さん。あんた、娘さんね」
「はい」
「六十段目と、九十八段目と、百四十段目で休んだろう」
私は米袋を下ろしかけたまま止まった。
「なんで知っとると」
「ここから見えるとよ」
松尾さんは網戸の隅を指さした。そこから首を伸ばすと、階段が下まで全部見えた。お地蔵さんの赤い前掛けまで見えた。テレビより面白かろう、と松尾さんは言った。
「あんたのお父さんは、前は一回も休まんやった。十キロ担いで」
「十キロ?」
「うちは前、ばあさんのおったけんね。十キロ」
ばあさんというのが奥さんのことなのか、お母さんのことなのか、聞きそびれた。
「去年からは、百二十段目で一回休みよらす。膝の悪かとやろ」
米びつの横の封筒には、千円札が三枚と、のど飴が一個入っていた。のど飴は私のぶんらしかった。
帰りの階段で数えてみたら、百八十五段だった。もう一回上って数え直す気にはならなかった。白い猫はまだ同じところで寝ていた。
店に戻ると、父は原付の荷台のゴムひもを新しいのに替えていた。
「膝、悪いと」
「誰に聞いた」
「百八十六段目の人」
父は少し黙って、「あの人はなんでん見とるけん」と言った。それから伝票を一枚、私に寄こした。
「次の松尾さんは二十日」
伝票の隅に、父の字で小さく「186」と書いてあった。
読み終えて、どうでしたか