創作挑戦約5分

新聞読んではります

あんな、英検て知ってる? 知ってるわな。うちは六十二まで知らんかった。いや、名前は知ってたで。中身を知らんかった。

孫の陽菜が小学六年で、英検の三級を受ける言うんよ。三級て中学卒業くらいのレベルらしいわ。娘が「お母さんも一緒に受けたら」て笑いながら言うたから、うちも笑いながら「受けるわ」言うて、言うてから引っ込みがつかんようになった。そういうとこあるねん、うち。

申し込みのお金が六千九百円。ほんまかいなと思たわ。うちが勤めてるスーパーで卵のLパックが二百五十八円やから、えーと、二十六パックちょっと。しょうもない計算ばっかり速なるわ。

中学の英語はな、昭和五十年ごろの話や。先生が鈴木ていう背の低いおじいちゃん先生で、ディス・イズ・ア・ペンばっかり言うてた。ほんまにペンばっかりやった。うちの英語の思い出、ほぼペン。

勉強は陽菜の古いワークを借りた。夜、パートから帰って、晩ごはんの片づけしてから一時間。単語は台所の冷蔵庫にマグネットで貼った。「beautiful」の綴りが、どないしても覚えられへんかった。ビーイーエーユー。なんでAが入んねん。いまはたぶん書ける。たぶんな。

一次試験は六月。陽菜と同じ会場の大学やった。教室入ったら周り中学生ばっかりで、うちの隣の子なんか制服やった。試験官の人がうちの顔見て、受験票見て、もっかい顔見た。わかるで。

結果は二人とも受かった。

陽菜は「ばあちゃんすごいやん」言うて、うちの手ぇ持って上下に振った。夫は「ほんまか、ほんまか」て三回言うた。三回目は新聞読みながらやったけど。

問題は二次試験や。面接やねん。英語でしゃべるんやで。

陽菜はYouTubeで練習しとった。うちもその横で一緒に見とった。カードに絵が描いてあって、それについて外人さん……やなかった、面接官の人が英語で聞いてくる。「この男の人は何をしていますか」とか「あなたは週末何をするのが好きですか」とか。

七月の日曜日、面接の日。陽菜が先で、うちが後やった。

廊下の椅子で待ってたら、陽菜が出てきてVサインした。うちは手ぇが冷たなってきて、トイレ二回行った。二回目は何も出えへんかった。

部屋に入って、まず「メイ・アイ・カム・イン」て言うんや。これは練習した。言えた。座ってええか聞かれて「サンキュー」言うた。ここまでは百点や。

カードの文章を読むとこもまあまあやった。たぶんな。

そのあと絵の質問。公園のベンチに男の人が座ってて、新聞読んでる絵や。面接官の女の人が、ゆっくり、

「What is the man doing?」

て聞かはった。

わかってん。ほんまにわかってたんよ。He is reading a newspaper、や。家で百回言うた。

それがな、口から出たんが

「新聞読んではります」

やってん。

面接官の人、一瞬ぽかんとして、それから口の端っこちょっと曲げて「In English, please」て言わはった。優しい人やったわ。うちは「ソーリー」言うて、「ヒー・イズ……」まで言うて、そっから先が真っ白になった。リーディングが出てけえへん。新聞がニュースペーパーなんは覚えてるのに、読むが出てけえへん。結局「ヒー・イズ・ニュースペーパー」て言うた。

うちの答えでは、男の人が新聞やってん。

あとの質問はもう覚えてへん。週末何するのが好きか聞かれて「ショッピング」て言うたのは覚えてる。ほんまはスーパーで働いてるから、週末に買い物なんか行きたないねんけどな。

結果は八月の終わりにネットで出た。陽菜が見てくれた。

陽菜は合格。うちは不合格。合格点まで、あと二点やった。

二点てなんやねん。卵で言うたら、いや、もう卵で言うのやめとくわ。

陽菜は気ぃつこて「ばあちゃん、二点やったら次は絶対いけるって。次いつ受ける?」て言うてくれた。娘も「せっかくやし」言うた。夫は「新聞やってんて?」て聞いて、うちに肩たたかれた。

次は一月にもあるらしい。申し込みは十二月まで。まだ申し込んでへん。

六千九百円がもったいないんか、また緊張すんのがいやなんか、自分でもようわからん。陽菜は中学に上がったら準二級受けるんやて。準二級て何やねん。準てなんやねん。

冷蔵庫の単語は、まだ貼ったままや。「beautiful」の紙だけ、マグネットが強すぎて剥がれへん。

晩ごはんの片づけしながら、ときどき口から出んねん。ヒー・イズ・リーディング・ア・ニュースペーパー。いまならすらすら言える。言う相手がおらんだけや。

夫がソファで新聞読んでたから、後ろから言うたった。

「ヒー・イズ・リーディング・ア・ニュースペーパー」

夫は振り向きもせんと「せやで」て言うた。

#くすっと笑えていい話 #元気が出る話

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