空いた枠
中三の一年間、一回も学校に行かなかった。
理由は自分でもうまく言えない。朝になると体が動かなかった。制服に腕を通そうとすると息が苦しくなった。担任の先生は月に一回家に来て、玄関でプリントを渡して、天気の話なんかを五分くらいして帰っていった。
卒業式にも出なかった。卒業証書は後日、先生が卒業アルバムと一緒に持ってきてくれた。
アルバムは開かなかった。自分が写っていないアルバムを見ても仕方ない。本棚の一番下の奥に入れた。
一年後、通信制の高校に通いはじめてちょっと元気になったころ、部屋の掃除をしていたらアルバムが出てきた。なんとなく開いた。
三年二組のページ。三十二人分の顔写真が並んでいた。私の写真はない。当然だ。
でも並びの一か所に、写真の代わりに四角い枠だけが印刷されていた。空欄の枠。そこに小さい字でびっしり何か書きこまれていた。印刷じゃなくて、手書きのをスキャンしたものらしかった。
「体育のペア、ずっと空けといた」
「給食のプリン一個あまってたの、たぶんあなたの分」
「高校でも会えたらいいね」
「修学旅行のおみやげ、先生にあずけた(八つ橋)」
「むりしないで」
「今度一緒にカラオケ行こう。音痴でも大丈夫」
三十一人分。一番下に先生の字。
「この枠は、あなたの場所です」
八つ橋は受け取っていない。先生、たぶん食べた。
成人式の日、迷ったけど会場に行った。受付の前で、中学の同級生だった子に「あっ」と言われた。私は名前が出てこなかった。向こうは出てきたらしい。
「来たんだ。ねえ、カラオケ、今日みんなで行くけど」
その夜、十人くらいでカラオケに行った。私は一曲も歌わなかった。みんなが歌うのを、ドリンクバーのメロンソーダを飲みながら聞いていた。
帰りぎわに一人が「次は歌ってよ」と言った。
「音痴だから」
「知ってる。アルバムに書いた」
あの「音痴でも大丈夫」はその子だった。私が音痴なのをどうして知っていたのかはわからない。中一の合唱コンクールかもしれない。
読み終えて、どうでしたか