創作家族約3分

孫と花札

息子が離婚しましてね、それで土曜の昼から日曜の夕方まで孫を預かることになったんです。孫はそのとき五年生の男の子で、名前は颯太といいます。颯太なんて、私らの時分にはない字ですよ。風が立つと書くの。最初は読めませんでした。

それがぜんぜんしゃべらない子でね。玄関で「こんにちは」だけ言って、あとはずっとゲームの機械をいじってる。任天堂の平べったいやつ。お昼にチャーハンを作ったらそれは全部食べて、でも「おいしい」とも「まずい」とも言わない。息子も子どものころそうだったから、まあ血筋ですね。うちの主人もそう。主人はもう十年前に亡くなりましたけど、あの人もご飯のあいだにしゃべったことがなかった。

三回目の土曜日だったと思う。いや四回目だったかしら。雨の日で、颯太のゲームの充電が切れたんです。充電器を忘れてきたの。それであの子はすることがなくなって、座布団の上でごろごろしながら天井ばかり見てるの。

私はなんとなく茶箪笥の引き出しから花札を出したんです。任天堂の花札。これが同じ会社なのよ。颯太にそう言ったら、はじめてこっちを見ました。「うそ」って。うそじゃないわよ、ほら箱に書いてあるでしょうと見せたら、箱を手に取って裏返したり光に透かしたりしてね。

この花札は昭和四十何年かに、主人が会社の慰安旅行で行った熱海で負けて、悔しいからって帰りに駅の売店で買ってきたものなんです。四百円だったかな。当時の四百円ですよ、ラーメンが百円しなかったころの。主人は結局一回も勝てないまま、それきり押し入れにしまってましたけど。

こいこいを教えました。颯太は最初ぜんぜん覚えられなくて、「これ何月」「これも何月」って一枚ずつ聞くの。坊主がなんで八月なのとか、桜に幕がなんで三月なのとか。そんなこと私だって知りませんよ。昔からそうなんだからとしか言えない。

それでも二時間くらいやったら覚えちゃった。子どもってすごいのね。猪鹿蝶を覚えたらそれしか狙わなくなって、萩の猪が来ると声を出すの。「来た」って。あれが、はじめて聞いたあの子の大きい声でした。

私が勝つと札をぐしゃっとまとめて「もう一回」。颯太が勝つとにやっとして点数を紙に書く。点数の紙はいらないチラシの裏です。スーパーのオオゼキの。

それから土曜日は花札になりました。ゲームも持ってくるし充電器もちゃんと持ってくるけど、夕方になると颯太のほうから茶箪笥を見る。見るだけで言わないの。だから私が出す。

点数のチラシはもう二十枚くらいたまってます。颯太の勝ち越し。一度雨の日に、颯太が「おばあちゃん、わざと負けてる?」と聞いたことがありました。負けてませんよと言いました。本当に負けてるんだもの。年を取ると月がわからなくなって、藤と萩をまちがえるの。

先週、颯太が帰りぎわに、玄関で靴をはきながら言いました。

「今度、お父さんにも教える」

息子は花札なんか知りませんよ。主人も教えなかったし、私も教えなかった。

「お父さん、弱いわよ。おじいちゃんに似て」

そう言ったら、颯太は「知ってる」と言って、傘を持って出ていきました。うちの傘を持っていったの。赤いほう。まだ返ってきません。

#心温まる話

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