創作家族約3分

レシートのうら

母の書き置きは、いつもレシートの裏に書いてある。

「カレーあっためて。ごはんは冷凍」

「体操服、洗ってあるから持っていけ」

「歯医者、木曜四時。忘れるな」

母は看護師で、夜勤の日は僕が学校から帰ると家にいない。台所のテーブルの、醤油さしの下にレシートが一枚はさんである。表はスーパーの買い物の明細で、裏にボールペンの字。字が大きいから、一枚に二行しか書けない。

返事は書いたことがない。読んだら丸めて捨てる。高二にもなって、親と紙でやりとりするのは、なんとなく負けた気がした。

十月に、秋田のばあちゃんが転んで腰の骨を折った。母は三週間休みを取って、秋田に行くことになった。

出ていく朝に母は玄関で言った。

「冷凍庫に、カレー六回ぶん。ごはんも。あと、燃えるゴミは月木」

「わかってるって」

「わかってないから言ってんの」

母がいなくなった家は、思ったより静かだった。テーブルの醤油さしの下に、何もはさまっていない。三日目の夜、僕はカレーの最後の一袋を、四日目のぶんだと勘違いして食べた。計算が合わなくなった。

五日目、輪ゴムを探して台所の引き出しを開けた。

いちばん奥に、輪ゴムでとめたレシートの束があった。厚さが三センチくらいある。

裏の書き置きかと思ったら違った。全部が表の明細を上にして重ねてあった。古いものほど下で、紙が茶色くなって字が消えかけている。

いちばん上は先月のだ。

〈プロテイン バニラ 一kg 三九八〇円〉

僕が部活で使っているやつだ。次の束。

〈英単語ターゲット 一二〇〇円〉

〈スパイク 陸上 八九〇〇円〉

その下は中学のころ。

〈学生服 上下 一六五〇〇円〉

〈ハンバーグ用 合いびき 五八〇円〉

僕の誕生日の日付だった。さらに下。

〈上ばき 一九センチ 一二〇〇円〉

〈ランドセル 名入れ 四二〇〇〇円〉

いちばん下の一枚は、字がほとんど読めなかった。日付だけはかろうじてわかった。僕が生まれた年の春の日付。明細はたぶん四行くらい。一行目の端に、かすかに〈ほにゅうびん〉と読める字が残っていた。

束のどのレシートにも、裏には何も書いていなかった。

僕はその夜、カレーのない晩飯にコンビニのおにぎりを二つ食べて、それから束を元の場所に戻した。輪ゴムは元のとおり二重にかけた。

三週間たって、母が帰ってくる日の午後、僕はスーパーに行った。

母が好きなのは、九十八円の焼きプリンだ。三個パックではなく一個のやつ。それと、母がいつも飲んでいる、ラベルの緑の牛乳。

レジでレシートをもらった。

家に帰って、台所のテーブルに座って、ボールペンを持った。裏に何を書くかで十五分くらい迷った。ボールペンだから書き直しがきかない。

結局は二行にした。

「プリン、冷蔵庫。

おかえり」

字は母よりずっと小さかった。

僕はそのレシートを醤油さしの下にはさんだ。引き出しの輪ゴムの束が頭に浮かんだけれど、あっちに何を足すかは、母が決めることだ。

玄関で鍵の回る音がした。

#泣ける話 #心温まる話

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