閉店の日の棚
町に一軒だけあった本屋が、閉店することになった。
山本書店。店主の山本さんは八十二歳で、五十年、一人でやってきた。駅前に大きいチェーン店ができて、みんなスマホで本を買うようになって、客はどんどん減った。
最終日、私は二十年ぶりくらいに店に行った。中学のとき、毎週土曜に通っていた店だった。
レジの横に、見たことのない棚ができていた。本が一冊ずつ、手書きのカードと一緒に立ててあった。
「佐藤さんの息子さんへ 小学生のとき、この本を三回立ち読みしてましたね。今さらですが」
「田中さんの奥さんへ ご主人が亡くなったとき探しに来られた詩集、続きが出ました」
「バス停の前の家の、双子の子へ どっちがどっちか最後までわかりませんでした。二冊置いておきます」
五十年分の客のことを、山本さんは覚えていた。
棚の端に、私の名前があった。名字だけ。
「中学のころ毎週土曜に来ていた、背の高い女の子へ。高い画集を買えずに、いつも同じページを開いていましたね。取っておきました。お代はいりません」
カードの横に、あの画集があった。スペインの画家の、分厚いやつ。当時六千八百円。中学生には無理な値段だった。とっくに絶版になっているはずだ。
「これ、三十年、売れなかったんですか」
レジの山本さんに聞いたら、山本さんは老眼鏡をずらして言った。
「売れたよ。二回。で、二回とも、あとで古本屋で買い戻した」
「なんで」
「あんたが毎週見に来てたから。売れたら来なくなるだろ」
私が来なくなったのは、高校に上がって、部活が忙しくなったからだった。山本さんはそれを知らない。たぶん、ずっと、画集が売れたせいだと思っていた。
「……すみません、急に来なくなって」
「いいよ。どうせ買えないんだから」
山本さんは、画集を紙袋に入れて、テープで二回とめた。
その日、棚の本は夕方までに全部なくなった。取りに来なかった人の分は、山本さんが自分で届けに行ったと、あとで聞いた。バス停の前の双子にも。どっちがどっちかは、結局わからなかったらしい。
読み終えて、どうでしたか