四十五センチ
父は歩くのが速い。
トラックの運転手を三十年やっていて、荷物を下ろすときも、スーパーで買い物するときも、早足だ。小さいころ、父と出かけると私はいつも小走りだった。手をつながれると、ほとんど引きずられていた。
結婚式の打ち合わせで、プランナーの人が言った。
「バージンロードは、一歩を四十五センチくらいで、ゆっくりお願いします。音楽に合わせて、一、二、で一歩です」
隣で父が「四十五」とくり返した。手帳に書いていた。
「お父さん、ふだん何センチ?」
「知らん」
あとで母に聞いたら、母はメジャーで測ったことがあるらしい。八十センチ。倍近い。
式の一週間前に実家に泊まった。家を出る前の最後の夜だった。
夜中に水を飲みに起きて、居間の電気をつけて、足が止まった。
畳の上に、白いマスキングテープが貼ってあった。横に一本ずつ、廊下から居間の端まで、まっすぐ並んでいる。数えたら二十三本あった。テープの間は、どれもきっちり同じ幅だった。
一本目の横に、油性ペンで小さく「四十五」と書いてあった。父の字だった。運送の伝票と同じ角ばった字。
台所から母が顔を出した。
「見つかった?」
「何これ」
「毎晩やってんの。あんたが寝たあと。スマホで音楽かけて、一、二、って言いながら」
「……」
「最初は八十のくせが抜けなくて、テープを三本とばしてたよ」
母はそう言って笑って、寝室に戻っていった。
私はテープの一本目に立って、歩いてみた。四十五センチは思ったより狭かった。ゆっくり歩くと体がふらつく。二十三本を歩ききるのに一分以上かかった。
結婚式の日に扉が開いた。
父は、一歩目をちゃんと四十五センチで出した。音楽に合わせて「一、二」で一歩。参列の人たちがこっちを見ている。父の腕は緊張でかちかちだった。
半分くらい来たところで、父がつぶやいた。
「……テープがないと、わからんな」
私は吹き出しそうになって下を向いた。下を向いたら、ドレスの裾の先に、父の黒い靴が見えた。いつもの、前に前に出ていく靴ではなかった。私の足の横にきちんと並んでいた。
二十三歩目で私たちは止まった。
新郎が前に出て手を差し出した。父は私の腕から手を離すはずだった。離さなかった。一秒たって、二秒たった。式場の人が小さく咳払いをした。
それから父は手を離した。
それから、くるっと回れ右をして、席に戻っていった。帰りは八十センチだった。参列の人たちが少し笑った。
式から四か月たった。
実家に寄ると、居間のテープはまだ貼ってある。端が少しはがれて、ほこりで灰色になっている。
「はがしたら?」と母に言うと、母は首を振った。
「お父さんが、はがすなって。たまに夜、歩いてるよ。ひとりで」
その日の夕方、父が仕事から帰ってくる前に、私は一本目のテープの前に立った。
それから二十三本をひとりで歩いた。四十五センチずつ。最後のテープの先で止まって、回れ右をした。
玄関で、トラックのエンジンが止まる音がした。私は急いで八十センチで台所に戻った。
読み終えて、どうでしたか