通夜の寿司
ばあちゃんの通夜は、葬祭場じゃなくて岩手の実家の座敷でやった。ばあちゃんが「家で」と言っていたからだ。言っていたと主張したのは伯父で、誰もそれを聞いたことはなかったけど、誰も逆らわなかった。
九十一だった。
座敷の襖を外して二間つなげ、奥に祭壇を置いた。夕方から近所の人と親戚が来て、焼香して、帰る人は帰って、残った親戚が十九人。十九人に寿司桶が三つだった。
「なんで三つなのや」
最初に言ったのは、叔母の和子さんだった。
「五人前が三つで十五人前だべ。四人足りねえでば」
注文したのは伯父だった。伯父は「来る人数わかんねがったべ」と言った。
「わかるべや、親戚なんだから」
「千葉のしげるが来ると思わねがった」
「来るに決まってんべ、ばあちゃんの孫だど」
千葉のしげる、というのは私のいとこで、名前を出されたしげるは座敷の隅で正座したまま、「おれ食わなくていいっす」と言った。誰も聞いていなかった。
そこから話が変な方向に行った。伯父が「そもそも寿司でねくてよかった」と言い、和子さんが「ばあちゃん寿司好きだったべ」と言い、別の叔母が「ばあちゃんは寿司より、ひっつみが好きだった」と言い、伯父が「ひっつみを通夜に出すのか」と言った。
「出せばいがべ」
「誰が作るのや、今から」
私の母は、そのあいだずっと台所で、黙ってお茶を入れていた。ばあちゃんの長女で、一番ばあちゃんの世話をしていたのは母だった。最後の三年、ばあちゃんのおむつを替えていたのも母だ。母は何も言わなかった。お茶を入れてお盆に乗せ、座敷に運んでまた台所に戻る。十九人分。
もめているあいだに、しげるが寿司桶のふたを開けて一貫ずつ数えはじめた。
「……四十七貫っすね」
「なに?」
「四十七貫。十九で割ると、ひとり二貫と、あと九貫」
全員がしげるを見た。
「玉子とかっぱ巻き抜いたら、ひとり二貫ずつで、いけます」
誰かが吹き出した。和子さんだった。それから伯父が笑った。笑ったらいけない場なのに、笑いが止まらなくなって、伯父は祭壇に向かって「ばあちゃん、すまねえ」と言って、また笑った。
そのとき、台所から母が鍋を持って出てきた。湯気の立っている大きいアルミの鍋だった。
ひっつみだった。
いつ作ったのか誰も知らなかった。ばあちゃんが入院してから、母は冷凍庫に小麦粉の生地をこねて冷凍していたらしい。ばあちゃんが帰ってきたら食べさせようと思って、と、母はそれだけ言った。その先は言わなかった。
十九人でひっつみをすすった。寿司は余った。
伯父は器を持ったまま祭壇のほうを向いて座り直し、何も言わずに汁を飲み干して、空になった器の底をしばらく見ていた。
和子さんが「しょっぱいね」と言った。
母は「ばあちゃんの味だもの」と言った。
しげるは玉子を三貫食べていた。
読み終えて、どうでしたか