祖母の家の番号
祖母が死んでから、ときどき祖母の家の番号に電話をかけた。
小学五年だった。誰も出ないのはわかっていた。ただ呼び出し音を聞いていると、廊下の奥から祖母が「はいはいはい」と言いながらスリッパをぱたぱた鳴らして来るような気がした。祖母は電話に出るまでにいつも十回以上鳴らした。
冬のある日、七回目の呼び出しで誰かが出た。
「もしもし」
知らないおばあさんの声だった。
僕は固まった。番号が別の人に回ったのだ。電話番号が使い回されるなんて小五の僕は知らなかった。
「すみません、まちがえました」
「待って。あんた、何回もかけてきとる子やろ。夕方に」
着信履歴だ。
僕は何か言い訳しようとしてうまく言えなくて、結局本当のことを言った。祖母が死んだこと。この番号が祖母の家のだったこと。鳴る音を聞くのが好きなこと。途中で鼻水が出てきてすすった。
おばあさんは「ほうか」と言った。それから「まあ、かけたかったらかけてええよ。うちも一人やけん。ひまやし」と言った。
それから月に一、二回電話した。学校で何があったとか、給食で何が出たとか、算数のテストが六十二点だったとか。おばあさんはたいてい「ほうか」と言って、ときどき「六十二は、まあまあやな」とか言った。祖母とはあまり似ていなかった。祖母はもっと大げさにほめた。
一度だけ、おばあさんのほうが話したことがある。大阪にいる息子さんがずっと電話をくれないという話で、最後に「あんたのほうが、よっぽどかけてくるわ」と言って笑った。
中学に上がる春、いつもの番号にかけたら男の人が出た。
「母は、先月亡くなりました」
大阪の息子さんだった。
「電話の横にメモがあって。あなたの名前と、『六十二点』とか『カレー』とか、いろいろ書いてあったんです。あなたから電話があったら伝えてくれって」
「何をですか」
男の人は少しのあいだ黙った。
「……それが、メモに『つたえる』とだけ書いてあって、何を伝えるのか書いてないんです。すみません」
僕はなんだかおかしくなって笑ってしまった。男の人も電話の向こうで笑った。
その番号はまだ携帯に入っている。登録名は祖母の名前のまま。変えようとして名前の欄を開いて、閉じた。三回くらい。
読み終えて、どうでしたか