ツッコミ担当
文化祭で漫才をやろうと言い出したのは、たけるだった。
たけるは吃音がある。とくに「た行」と「か行」の最初の音が出にくい。自分の名前が言えないので、自己紹介のときは「えーと、たける、です」と、頭に「えーと」をつけてから言う。一年のとき、それを真似したやつがいて、おれがそいつの上履きをゴミ箱に捨てた。それからたけるとしゃべるようになった。
「おれ、ツッコミやる」
たけるがそう言ったとき、正直、止めようと思った。ツッコミは、タイミングが命だ。一瞬遅れたら笑いにならない。
「ボケのほうが、よくない?」
「ボケは、お前のほうが向いてる。顔が」
失礼なやつだと思った。
ネタは二人で考えた。コンビニの店員と客のコント。おれが変な客で、たけるが店員。最初のうちは、たけるのツッコミが詰まるたびに、変な間ができた。「な、な、なんでやねん」になってしまう。
練習は放課後の、使ってない理科準備室でやった。三日目に、たけるがノートを持ってきた。ネタの台本を書き直したやつだった。
ツッコミの言葉が、全部変わっていた。「なんでやねん」が「いやいやいや」に。「ちゃうやろ」が「おいおいおい」に。
「母音から始まる言葉だと、出やすいんだよ」
たけるは平気な顔で言った。でもノートには、消しゴムで何回も消した跡があった。一つのツッコミにつき、五つくらい候補が書いてあった。
それでも本番の一週間前、たけるは一回、完全に詰まった。「おいおいおい」の「お」が出なくて、口だけ動いて、五秒くらい音にならなかった。おれも固まった。
そしたらたけるが、その五秒のあいだ、ずっとおれの顔を、ものすごい顔で指さしつづけてたんだ。目を見開いて、口をぱくぱくさせて、指先がぷるぷる震えてた。
おれは笑ってしまった。本気で笑った。腹がいたくなるくらい。
「……それ、使えるんじゃね」
本番。体育館のステージ。客は三百人くらい。
ネタの中盤、おれがいちばんひどいボケをかました。たけるが指さした。口がぱくぱく動いた。一秒、二秒、三秒。
客席が、ざわっとして、それからどっと笑った。
四秒目に、たけるが「おいおいおいおい!」と叫んだ。「おい」が一個多かった。それでまた笑いが起きた。
漫才コンテストは三位だった。一位は軽音部のやつらのコントで、あれはずるいと思う。先輩に元劇団の人がいた。
帰り道、たけるが言った。
「あの間、狙ってないからな」
「知ってる」
「狙ってないけど、次もやる」
来年も出るつもりらしい。ネタは、おれが考えることになっている。ツッコミの言葉は、たけるが全部決める。
読み終えて、どうでしたか