創作見知らぬ人約2分

錆びたブランコ

十四歳の冬に家出した。

理由は今思えばくだらない。母とけんかして、財布も携帯も持たずに飛び出した。スマホの使用時間のことだった。本当にくだらない。

夜の九時半、団地の裏の公園でブランコに座っていた。気温は二度だったと、あとでニュースで見た。帰りたくはなかったし、かといって行くところもなかった。

隣のブランコに誰かが座った。

おじいさんだった。七十くらいで、毛糸の帽子にでかいダウンを着ていて、ゆっくりブランコをこぎはじめると鎖がきいきい鳴った。

私は身がまえた。知らない大人。夜の公園。

でもおじいさんはこっちを見なかった。ただこいでいた。けっこう高くまでこいでいた。七十にしては。

しばらくしておじいさんが言った。

「わしもなあ、よう家出したんよ。子どものころ」

私は黙っていた。

「家出するとな、腹が減る。寒い。そんで結局、帰る。帰ると母親が怒る。怒りながら、飯出してくれる。それがうまい」

おじいさんはブランコを足で止めた。ざざっと砂が鳴った。

「今は家出しても、怒ってくれる人がおらん。つまらんのよ」

「……じゃあ、今、家出中なんですか」

聞いてしまった。おじいさんはちょっとびっくりした顔をして、それから笑った。

「そう。ばあさんとけんかした。テレビのリモコンのことで」

くだらなかった。私と同じくらい。

「お嬢ちゃんは」

「……スマホのことで」

おじいさんは「それはくだらんなあ」と言った。自分のことを棚に上げて。それから立ち上がり、「さて、帰るか。腹減った」と言って公園を出ていった。

私はしばらくブランコに座っていて、それから家に向かって歩いた。

玄関を開けたら母が飛び出してきて、泣きながら怒った。何時だと思ってるの。どれだけ心配したと思ってるの。怒りながら台所に立って、冷めたカレーを温めなおした。

それがたぶん、今までで一番おいしいカレーだった。

あのおじいさんが誰なのかは知らない。

次の日に公園の前を通ったら、ブランコの片方だけ鎖に油がさしてあって、こいでもきいと鳴らなかった。もう片方はまだ鳴った。

#眠れない夜に読む話 #くすっと笑えていい話

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