十一軒目の内見
うちの嫁はんが「家、買おか」言い出したんは、今年の三月や。
テレビで、どっかの芸人が家建てる番組を見とって、CMの間に言うた。「買おか」て、冷蔵庫ちゃうねんから。
ほんで、四月から内見が始まった。土日のどっちか、月に三回くらい。不動産屋は二軒目から同じとこで、担当は岡部くんいう二十六の子や。スーツがいっつもちょっと大きい。肩が余っとる。親に買うてもろたんちゃうかと思てるけど、聞いてへん。
嫁はんは、毎回なんか見つける。
一軒目は西日。二軒目は、隣がお好み焼き屋で、換気扇がこっち向いとる。これはわかる。三軒目は、風呂の窓が北向き。北向きの何があかんのか、いまだによう知らん。四軒目は、玄関のドアが重い。五軒目、階段の手すりが冷たい。六軒目で、岡部くんがはじめて黙った。理由が「トイレの壁紙の柄が、昔行ってた歯医者に似とる」やったからや。
七軒目からは、おれもメモ取るようになった。スマホのメモに「内見」いうのを作って。
七、駐車場が縦列。
八、スーパーまで十四分(嫁はん計測)。
九、ええけど高い。
十、ええけど、なんか。
十軒目の「なんか」は、帰りの車で何べん聞いても「なんか、や」しか言わへんかった。
ほんで、先週の日曜が十一軒目。伊丹の、駅から歩いて八分の中古の一戸建て。築十六年、三LDK、三千二百八十万。岡部くんが「これはほんまに、ええと思います」言うたとき、声がちょっと裏返っとった。
ほんまにええ家やった。南向きで、台所が広い。対面式いうやつで、二人並んでもまだ余る。風呂の窓は東向き。トイレの壁紙は白。スーパーは六分。
嫁はんは、空っぽのリビングの真ん中に立って、しばらく天井見とった。それから台所に行って、流しの前に立って、横に手ぇ伸ばした。何にも当たらへん。壁まで、まだだいぶある。
「広いなあ」
「広いな」
「岡部くん、これ、何センチ?」
「え、あ、幅ですか。ちょっと待ってください」
岡部くんが図面めくって、「二百七十、です」言うた。今のうちの台所は、百六十あるかないかや。いや、百五十やったかな。測ったことない。
帰りの車で、嫁はんは「ええ家やったなあ」て三回言うた。おれも「せやな」て三回言うた。四回目はなかった。
うちは晩飯を二人で作る。共働きで、先に帰ったほうが米だけ炊いとく決まりで、あとは二人で台所に立つ。今のマンションの台所は狭いから、おれが冷蔵庫開けたら、嫁はんは流しの前から一歩も動かれへん。肘が当たる。結婚して十二年、ずっと当たっとる。
その晩は豚汁やった。おれが大根切って、嫁はんがごぼうをささがきにして、途中で肘が二回当たった。
「狭いなあ」
「狭いな」
どっちも、その続きは言わへんかった。
食べ終わってテレビつけとったら、岡部くんからLINEが来た。
「本日はありがとうございました! 伊丹の物件、ほかにもお問い合わせが入っておりまして、ご検討いただけるようでしたら、今週中にご連絡いただけますと幸いです」
びっくりマークが、いっこだけ付いとった。
嫁はんに見せたら、「ふうん」言うて、豚汁のおかわりよそいに台所行った。よそっとる間は冷蔵庫が開けられへん。おれは麦茶が飲みたかったけど、待った。
返事は、まだしてへん。今日、水曜や。
読み終えて、どうでしたか