義実家メモ
結婚して最初の正月を、夫の実家で過ごした。大分の竹田からさらに車で四十分、携帯の電波が一本と二本を行ったり来たりする集落だ。夫の大輔は「三日だけやけん」と言った。何が「だけ」なのかは、着いてから分かった。
私は横浜で育った。親戚が集まる正月というものを、テレビの中でしか知らない。だから、忘れないようにスマホのメモに書いた。題は「義実家メモ」。以下、ほぼそのまま。
1. 元日の朝いちばんに井戸の水を汲むのは、家でいちばん年上の男の人。じいちゃん(九十二)。井戸まで十五メートルを二十分かけて往復する。誰も手伝ってはいけない。手伝おうとした私は大輔に袖を引っぱられた。
2. 雑煮はすまし。丸餅を焼かずに煮る。鶏と、しいたけと、かつお菜。一杯目は男の人から順に出す。じいちゃん、お義父さん、大輔、大輔の弟の健二くん、健二くんの息子(四歳)。四歳が私より先。
3. 箸袋に名前が書いてある。お義母さんの筆ペンの字。私のには「大輔嫁」とあった。去年までは「大輔」の一行だったので、一文字増えたぶん丁寧に書いてくれたらしい。
4. 女の人は座敷では食べない。運んで、下げて、台所の丸椅子で食べる。座敷の笑い声がふすま越しに聞こえる。健二くんの奥さんの由香さんは慣れていて、「ここのほうがストーブ近いけん、得よ」と言った。たしかに近かった。
5. お義母さんは座らない。今のところ、座ったところを一度も見ていない。雑煮も流しの前で立って食べる。最後の一杯だから、もう冷めている。
6. お年玉。健二くんの息子に、私たちから三千円。相場を大輔に聞いたら「知らん」、お義母さんに聞いたら「気持ちでいいんよ」、由香さんに聞いたら一秒で「三千円」だった。四歳はポチ袋を開けずに耳に当てて振っていた。お札は音がしないので、がっかりしていた。
7. 二日の朝は墓参り。お墓は家の裏の山を五分登ったところにある。じいちゃんは登らない。下から「よろしゅう言うちょって」と言う。誰によろしくなのかは聞きそびれた。お義母さんは線香と、一升瓶と、湯のみを七つ持って登る。湯のみの数はご先祖の数ではなく、去年割れたぶんを足していないから七つなのだそうだ。
8. 風呂の順番はじいちゃん、お義父さん、大輔、健二くん……と雑煮と同じ。嫁は最後。最後はぬるいけど、湯船に柚子が三つ浮いていた。誰が入れたのかは分からない。
9. 「よだきい」は面倒くさいという意味。じいちゃんが一日に十回くらい言う。お義父さんは「いっちょん」をよく言う。全然、という意味。「いっちょん寒うない」と言いながら、こたつから肩まで出てこない。
10. 夫は実家にいると、私の知らない人になる。声が一段低くなり、座ったまま湯のみを持ち上げてお義母さんに見せる。それでお茶が来る。
11. 二日の夜、離れの六畳で、電気毛布の目盛りを「中」にしたまま5と10のことを大輔に話した。大輔は天井を見て「うん」と二回言い、三回目の「うん」の途中で寝息になった。どこまで聞いていたのかは分からない。たぶん5の途中までだと思う。
三日目の朝のことは、メモに書かなかった。書いている暇がなかった。
雑煮が出て、座敷に男の人が並んで、私と由香さんが台所の丸椅子に座ったところへ、大輔が自分のお椀を持って入ってきた。立ったまま、ちょっと台所を見まわした。
「なんしよんの」と座敷からお義父さんの声がした。
「こっちのほうがストーブ近いけん」
大輔は流しの横の、漬物樽のそばの丸椅子に座ろうとした。お義母さんがお玉を持ったまま言った。
「そこ、お母さんの椅子やけど」
台所にもう一つ椅子があったことを、私は三日目に知った。漬物樽の陰で、座面に座布団がくくりつけてあった。座ったところを見ていなかっただけで、お義母さんにも座る場所はあったのだ。
大輔は少し迷ってから、灯油のポリタンクの上に座った。お義母さんは何も言わずに自分の椀に雑煮をよそい、椅子に座って食べはじめた。湯気が出ていた。
座敷では、じいちゃんが「よだきい」と言った。何がよだきいのかは分からない。
帰りの車で、メモに一行足した。
12. 来年のことは、まだ誰も言っていない。
読み終えて、どうでしたか