段ボール三箱
長くなるけど、ずっと誰かに話したかったので書く。
大学二年のとき、引っ越し屋でバイトしてた。二トントラックの助手席に乗って、社員の人と二人で一日三件とか回るやつ。
その日の二件目は、市営住宅の四階だった。エレベーターなし。見積書を見た社員の田村さんが「単身、段ボール三、家電なし」と読み上げて、「楽勝だな」と言った。
部屋に上がると、おじいさんが玄関で正座して待ってた。八十は超えてたと思う。部屋はもうほとんど空っぽで、畳の上に段ボールが三つ、きれいにガムテープを貼って並べてあった。マジックで「一」「二」「三」って番号まで振ってあった。
行き先は、隣の市の老人ホームだった。
「すいませんねえ、こんな少ないのに来てもらって」と、おじいさんは何回も言った。三回目くらいで田村さんが「いいんですよ、少ないほうがこっちは助かるんで」って笑って、おじいさんもちょっと笑った。
段ボールは軽かった。一個、たぶん五キロもなかった。おれは二個重ねて持って、階段を下りた。
三つ目を取りに戻ったら、おじいさんが空の部屋の真ん中に立って、天井を見てた。電灯のカサが外されて、裸の電球がぶら下がってるだけの天井。
「ここに四十一年いたんですよ」
おれに言ったのか、ひとりごとなのか、わからなかった。
「四十一年ですか」
「女房と来て、子どもが二人できて、みんな出ていって、女房も先に行って。それで、残ったのがこれだけ」
おじいさんは段ボールの「三」を指さして、それから、なんでか急に照れたみたいに頭をかいた。
「いや、すいませんね、変なこと言って」
おれは何も気のきいたことが言えなかった。二十歳のおれに言えることなんて何もない。「重くないんで大丈夫っす」とか、そういうことを言った気がする。意味わからん。
老人ホームに着いて、部屋に段ボールを運んだ。六畳くらいの部屋に、ベッドと小さいタンスがあった。おじいさんは「一」の箱だけ自分で開けた。中から出てきたのは写真立てで、女の人が写ってた。着物の、若い人。おじいさんはそれをタンスの上に置いて、向きを二回くらい直した。
帰りのトラックで、田村さんがぼそっと言った。
「あの段ボール、中身ほとんど写真と手紙だったな。重さでわかる」
「そうなんすか」
「紙は重いんだよ、量があると。服とか鍋とかは入ってなかった」
田村さんはそれ以上何も言わず、コンビニに寄ってコーヒーを二本買った。一本おれにくれた。微糖のやつ。おれはブラック派なんだけど、言わなかった。
あれから十年たった。今は普通に会社員をしてて、先月、自分の引っ越しをした。業者に頼んだら段ボールが二十八箱になった。
ほとんど、いらないものだった。
読み終えて、どうでしたか