面談室B
四月の人事で、うちの課から二人、早期退職の対象を出せと言われた。
言われたのは俺だ。課長だから。名前を出すのも俺で、面談するのも俺。人事部は面談の台本をくれた。A4で四枚。「会社を取り巻く環境は」から始まって、「ご自身のキャリアを見つめ直す機会として」で終わる。
一人は、すぐに決まった。本人がもともと辞めたがっていた。面談は十五分で終わった。
もう一人が、石田さんだった。
石田さんは俺より二つ上で、入社は俺より一年早い。つまり先輩だ。俺は新人のとき、伝票の書き方を石田さんに習った。赤ペンで直された。字がきれいな人で、今もきれいだ。ただ、パソコンが苦手で、会議で発言しなくて、数字が出ない。人事の評価表では、三年連続でC。
面談室Bは、窓のない部屋だ。机と椅子が四つと、ホワイトボード。ホワイトボードには前の会議の消し残しで、「目標達成率」の「率」だけが薄く残っていた。
石田さんは時間の五分前に来た。ノックを二回して、「失礼します」と言って入ってきた。いつもそうする人だ。
台本を読んだ。途中で、自分の声がおかしいのがわかった。棒読みだった。石田さんは、ずっと俺の手元を見ていた。台本を見ていたのか、俺の手を見ていたのか、わからない。
読み終わって、条件の紙を渡した。退職金の上乗せ、再就職支援の会社の名前。
石田さんは紙を読んだ。二回読んだ。それから言った。
「これ、野口くんが決めたの」
「……会社の方針です」
「そう」
石田さんは紙を二つに折った。折り目を、爪で二回なぞった。
「娘がね、来年、大学なんだよ」
「はい」
「私立で」
「はい」
それ以上、石田さんは何も言わなかった。俺も言わなかった。台本には、ここで言うことが書いてあった。「ご家族ともよくご相談のうえ」。言えなかった。言わなかった、のほうが正しい。
面談は十二分で終わった。石田さんは立ち上がって、椅子を机の下にきちんと戻して、「失礼しました」と言って出ていった。
石田さんが返事を持ってきたのは、期限の前の日だった。応じる、と書いてあった。字がきれいだった。
最後の出社の日、石田さんは課の全員に、個包装のバウムクーヘンを配った。一人ひとつ。俺の机にも置いていった。「お世話になりました」と、ほかの人に言うのと同じ声で言った。
送別会は、なかった。本人が断った。
その夜、会社に残って、面談室Bに行った。用はなかった。電気をつけたら、ホワイトボードの「率」がまだ残っていた。イレーザーで消した。消えなかった。何かの油性ペンだった。
バウムクーヘンは、まだ引き出しに入っている。賞味期限は、先月で切れた。
読み終えて、どうでしたか