ジリリリ
息子が部屋から出てこなくなって二年たった。
高校を中退して、それからずっと自分の部屋にいる。ご飯はドアの前に置く。夜中にトイレと風呂に行く音だけがする。顔を合わせることはほとんどない。
妻は毎晩泣いていた。私は何もできなかった。何を言っても追いつめる気がした。実際、一回だけドア越しに「いつまでそうしてるんだ」と言ったら壁を殴る音がして、それからは何も言っていない。
ある日押し入れを整理していたら、古い目覚まし時計が出てきた。
息子が小学生のとき使っていたやつだった。朝起きられない息子のために私が買った、ベルが二つついてジリリリと鳴る昔ながらの時計だ。息子は「うるさい」と文句を言いながら六年間使った。
電池を入れたら動いた。ドアの前に置いて、メモをつけた。
「使わなくていい。置いとくだけ」
次の朝、時計はそのままドアの前にあった。次の日も、一週間後も、一か月後も。
二か月たったある朝の六時、息子の部屋からジリリリと音がした。
布団の中で息が止まった。音はすぐ止まって、息子は出てこなかった。
次の日も六時に鳴った。その次の日も。
一か月後、ベルが鳴ったあとに廊下を歩く足音がした。台所のほうへ行く。
台所に行ったら、息子が冷蔵庫の前に立っていた。二年ぶりに明るいところで見た顔だった。痩せて髪が肩まで伸び、ひげも生えていた。十九歳の顔だった。
息子はこっちを見ないで言った。
「……麦茶、ない」
麦茶は切れていた。
「作っとく」
会話はそこまでだった。息子は水道の水を飲んで部屋に戻った。
そこから少しずつ変わった。朝ごはんを一緒に食べるようになり、散歩に出るようになり、通信制の高校に入り直した。去年、大学に受かった。
一人暮らしを始める日、息子は段ボールにあの目覚まし時計を入れていた。
「まだ使うのか、それ」
息子は時計を段ボールの奥に押しこみながら言った。
「あれ、毎朝鳴らしてたの、起きるためじゃないから」
「じゃあ、何のため」
「……生きてるって、そっちに聞こえるように」
麦茶を作っておくのは、もう二年一日も欠かしていない。息子が出ていってからも、なんとなく。
読み終えて、どうでしたか