創作動物約2分

軒下の札

祖母の家の軒下には、毎年ツバメが巣を作った。

祖母はそれが何より楽しみで、四月になると毎朝空を見上げて「まだかねえ」と言った。来たら来たで、糞よけの板を取りつけて、ボール紙に油性ペンで「ツバメ子育て中 ふんに注意」と書いて吊るした。「ふん」だけ赤で書いてあった。

祖父が死んでからも、祖母は一人で住みつづけた。同居をすすめても首を振った。

「ツバメが帰ってくるけん。うちがおらんかったら困るやろ」

冗談だと思っていた。

八十八の春、祖母は転んで大腿骨を折って、施設に入ることになった。家を出る日、軒下の空っぽの巣を、しばらく見上げていた。

「今年は会えんかったねえ」

四月の終わり、空き家になった祖母の家の様子を見に行った。

軒下に、ツバメがいた。二羽。いつもの巣を出たり入ったりしていた。

スマホで動画を撮って、施設に持っていった。祖母は画面に顔をくっつけるようにして見た。

「おかえり」

画面に向かって言った。

「あんたら、家に誰もおらんのに、よう来たね」

それから毎週、動画を撮りに行った。卵がかえったこと。ヒナが四羽になったこと。巣立って電線に並んだこと。祖母はそのたびに、施設の職員さんや、隣の部屋のおばあさんに見せてまわった。「うちのツバメ」と言って。隣の部屋のおばあさんはたぶん三回目くらいから飽きていたけど、毎回「まあ」と言ってくれた。

次の年の四月、ツバメが帰ってくる前に、祖母は施設で亡くなった。

その年も、ツバメは帰ってきた。

私は軒下に、祖母が作った札を吊るした。去年の分が、物置にしまってあった。ボール紙がふやけて、「ふん」の赤が少しにじんでいた。

家はそのあと売れて、知らない家族が住んでいる。この前、前を通ったら、軒下に新しい板がついていた。札もあった。子どもの字で、

「ツバメいます しずかに」

と書いてあった。

#泣ける話 #大切な人に会いたくなる話

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