五時十分の玄関
うちの柴犬のモモは、毎日夕方五時になると玄関に行った。
父が帰ってくるのが五時十分だったからだ。父は市役所勤めで、定時で出て自転車で十二分。雨の日は十五分。モモは五時ちょうどに玄関マットの上で伏せてドアを見ていた。時計が読めるわけでもないのに、なぜか五時。
父が死んだのはモモが十二歳の春だった。
葬式の次の日も、五時になるとモモは玄関に行った。伏せてドアを見た。五時十分になっても開かなかった。モモは六時過ぎまで動かなかった。次の日も、その次の日も。
「もう帰ってこないんだよ」と私は何回も言った。モモは耳だけこっちに向けて、ドアから目を離さなかった。犬に言っても通じないのはわかっていたから、半分は自分に言っていたんだと思う。
一か月たったころ、母が変なことを始めた。
夕方五時八分になると、エプロンのまま勝手口からそっと出て家の横をぐるっと回り、玄関のドアを開けて「ただいま」と言うのだ。
最初、モモは母を見てちょっと首をかしげた。それからしっぽを二回振った。父のときの半分くらい。
母はそれを毎日やった。雨の日は傘をさして回った。一回、回っている途中で回覧板を持ってきたお隣さんと鉢合わせして、「なにしてるの」と聞かれて「散歩」と答えていた。家の周り二十メートルの散歩。
三年つづいた。
モモは十五歳の冬に死んだ。最後の日は五時になっても立ち上がれなかった。母はモモを抱いて玄関マットの上に下ろした。私が勝手口から回って、五時十分にドアを開けた。
「ただいま」
モモはしっぽを一回だけ振った。
*
モモがいなくなってからも、母はしばらく五時八分になるとエプロンの紐をほどこうとした。途中で気がついて結び直した。それが一か月くらい続いて、なくなった。
今は五時になると、ふつうに夕飯のしたくをしている。ときどき五時十分に手を止めて玄関のほうを見る。見るだけで、すぐ鍋に戻る。
読み終えて、どうでしたか