宇宙へ持っていくもの
弟の夢は、宇宙飛行士だった。
小学生のころ、弟の部屋は惑星のポスターとロケットのプラモデルだらけだった。天井には、暗くなると光る星のシールが貼ってあった。星座の位置はでたらめだった。北斗七星が八つあった。
弟が小児がんと診断されたのは、十歳のときだった。
入院は三年続いた。弟は病室の窓から空を見て、宇宙の話をした。僕は中学の帰りに毎日病院に寄って、それを聞いた。正直、途中から半分くらいは聞き流していた。ブラックホールの話は長い。
「兄ちゃん、ぼくが宇宙行ったら、地球の写真撮ってくるね」
弟は、十三歳で死んだ。
遺品を片づけていたら、ノートが出てきた。表紙に「うちゅうにもっていくものリスト」。
家族の写真。ミニカー(赤いやつ)。兄ちゃんにもらったお守り(交通安全だけど)。ポテトチップス(のり塩)。
最後の行に、こう書いてあった。
「兄ちゃんへの手紙(うちゅうから出す)」
手紙は、どこにもなかった。書く前だったらしい。
十五年たって、僕は小さい宇宙ベンチャーで働いている。宇宙飛行士にはなれなかった。そもそも目指していない。人工衛星の部品を作っている。
去年、会社で、一般の人から小さい品物を集めて衛星に載せる企画が立ち上がった。数センチ角のカプセルに入れて、軌道に上げる。
弟のリストを思い出した。
家族の写真を小さく印刷した。赤いミニカーは大きすぎて入らなかった。タイヤを一個だけ外して入れた。交通安全のお守りは、中の紙だけ。のり塩は、さすがに無理だった。
最後の行は、僕が書いた。
「兄ちゃんから。うちゅうに来たよ。のり塩はむりだった」
打ち上げは、種子島だった。会社のモニターで見た。
一か月後、衛星から地球の写真が送られてきた。真っ黒の中に、青い地球が半分だけ写っていた。
僕はそれを印刷して、実家の仏壇に置いた。弟の写真の横に、のり塩の袋と一緒に。
母が「のり塩は何」と聞いた。
「リストに入ってたから」
母は、のり塩を開けて、一枚食べた。
読み終えて、どうでしたか