留守番電話
妻が死んで、三年になる。
家の電話の留守電の応答メッセージは、妻の声のままだ。
「はい、田中です。ただいま留守にしております。ピーッという音のあとに、お名前とご用件をどうぞ」
十年前に妻が録音した。ちょっとよそ行きの声で。録音するとき三回失敗して、三回目は途中で吹き出して、四回目のが残っている。よく聞くと、最後の「どうぞ」のところだけ笑いをこらえている。
電話会社から、機種変更の案内が来た。古い電話機は、もうサポートが終わるという。新しいのにしたら、メッセージは消える。
二回、断った。
息子が言った。「父さん、もう三年だよ」
わかっている。
ある晩、自分の携帯から家の電話にかけた。家の中で。台所から、居間の電話に。
呼び出し音が五回鳴って、妻の声が流れた。「はい、田中です」
ピーッ。
何を言えばいいのかわからなかった。黙っていると、録音時間が過ぎていく。
「……ただいま」
それだけ言って、切った。
居間に行って、再生ボタンを押した。妻の声のあとに、私の声が入っていた。「ただいま」。自分の声は、思っていたより老けていた。
それから毎晩、かけた。
「孫が来た。ゲームばっかりしてた」
「庭の梅が咲いた。去年より遅い」
「おまえの筑前煮、作ってみた。ごぼうが固かった」
妻の声のあとに、私の声が続く。会話になっていない。一方的な報告だ。
半年で、テープがいっぱいになった。三十分テープだった。
そのテープを取り出して、仏壇の引き出しに入れた。それから、新しい電話機にした。
新しい応答メッセージは、私が録音した。
「はい、田中です。二人とも、ちょっと出ております」
録音するとき、三回失敗した。三回目は途中で咳が出た。四回目のが残っている。
息子は、そのメッセージを聞いて何か言いかけて、やめた。
読み終えて、どうでしたか