はやくきてくだされ
福島の貧しい農家に生まれた野口清作、のちの野口英世は、一歳半のとき、囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負った。
母のシカは、自分を責め続けた。目を離したのは、自分だったから。
手の指はくっついて開かなくなり、清作は学校でからかわれた。シカは、この子には学問で身を立てさせるしかないと考え、昼も夜も働いて息子を学校に通わせた。
やがて清作は手術を受け、手は少し動くようになった。医学の力に感動した彼は、医者を志した。名を英世と改め、猛勉強の末に医師となり、アメリカへ渡った。
ニューヨークの研究所で、英世は細菌学の研究に没頭した。その名は世界に知られるようになった。しかし、日本には長く帰らなかった。
故郷の母は、年をとっていった。
シカは、読み書きを習ったことがほとんどなかった。それでも、息子に手紙を書きたかった。近所の寺で文字を学び、覚えたての、たどたどしいひらがなで、一通の手紙を書いた。
誤字だらけの手紙だった。けれど、そこには母の思いがあふれていた。
「はやくきてくだされ」
その一文は、手紙の中で何度も繰り返されていた。早く帰ってきてほしい。一目でいいから、会いたい。
手紙を受け取った英世は、その数年後の大正四年、十五年ぶりに日本に帰国した。
年老いた母と再会した英世は、短い滞在の間、母を連れて各地を旅した。それが、母と過ごす最後の時間になった。
シカは、英世がアメリカに戻ってから数年後に亡くなった。
英世は、その後も研究を続け、黄熱病の研究のために向かったアフリカで、自らもその病に倒れた。五十一歳だった。
シカの手紙は、福島県猪苗代町の野口英世記念館で見ることができる。英世が生まれた家も、囲炉裏ごと保存されている。
誤字だらけで、ところどころ字の大きさがそろっていない。同じ一文が、何度も書かれている。
※史実をもとに再構成しています。
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