連載『閉店まで、あと十日』 第1回
十日前 ― 写真部の莉子
張り紙は、ガムテープで斜めに貼ってあった。
「十月六日をもちまして閉店いたします。長年のご愛顧ありがとうございました。大黒写真館」
字がでかかった。筆ペンで、はみ出しそうなくらい。最後の「館」だけ小さくなっていて、紙が足りなくなったんだなと思った。
あたしは自転車を止めて、スマホで張り紙を撮った。それから、ついでにショーウィンドウも撮った。
大黒写真館は、駅から商店街を抜けていちばん奥の、クリーニング屋と空き店舗にはさまれた店だ。小学校の入学式の写真はここで撮った、らしい。覚えてない。母が言ってた。
ショーウィンドウには、白黒の写真が一枚だけ飾ってある。額に入った、女の人の写真。二十歳くらい。白いブラウスで、ちょっと首をかしげて、笑ってるような笑ってないような顔をしてる。ガラスは曇ってて、額の角には蜘蛛の巣がついてた。
この写真、あたしが物心ついたときからずっとある。たぶん母が子どものころからある。商店街の七不思議のひとつみたいになってて、「店主の死んだ奥さん」説がいちばん有力。
あたしは写真部だ。部員は四人。三年はあたしだけ。顧問は写真に一ミリも興味がない数学の先生。
ドアを押したら、カランと鳴った。本当にカランと鳴るドアを、あたしは初めて見た。
中は暗かった。茶色いソファと、ガラスのショーケースと、壁一面の写真。七五三、成人式、結婚式、家族写真。どれも少し色が抜けて、みんな同じ方向を向いて、同じくらいの笑い方をしていた。
「なんだ」
奥から声がした。のれんをくぐって出てきたのは、背の低いおじいさんだった。カーディガンのボタンが一個ずれてた。
「あの、閉店するって」
「するよ」
「あの、写真、撮らせてもらえませんか。お店の。記録っていうか。写真部なんで」
おじいさんは、あたしが首から下げてるカメラを見た。部の備品の、けっこう古い一眼レフ。ストラップに「写真部」ってマジックで書いてある。
「それ、フィルムか」
「デジタルです」
「ふん」
ふん、て言われた。
「勝手に撮れ。客の顔は撮るなよ。あと、ウィンドウの写真は撮るな」
「え、あれだめなんですか」
「だめだ」
さっき外から撮ったやつ、消したほうがいいのかなと思った。消さなかった。
それからあたしは、店の中を撮った。ソファの破れたところ。レジ横の招き猫(片耳が欠けてる)。撮影室の、でかい木のカメラ。背景の布。照明の傘。床に貼ってある、立つ位置の目印の、すり減ったビニールテープ。
撮ってるあいだ、おじいさんはカウンターで何かの帳面をめくってた。ときどき、あたしのほうを見て、「そこは暗いぞ」とか「窓側から撮れ」とか言った。言われたとおりにすると、確かによくなった。むかついた。
一時間くらいして、帰ろうとしたら、おじいさんが言った。
「明日も来るのか」
「え、来ていいんですか」
「来たけりゃ来い。どうせ十日しかない」
十日しかない、のところだけ、ちょっと声が小さかった。
外に出て、自転車の鍵を外しながら、もう一回ショーウィンドウを見た。
女の人は、さっきと同じ顔で、首をかしげてた。
帰ってから、撮った写真をパソコンで見た。百八十枚。ほとんどブレてた。おじいさんに言われたとおりに撮った何枚かだけ、ちゃんとしてた。
外から撮ったウィンドウの一枚は、ガラスに自分が映りこんでた。女の人の顔の上に、制服のあたしが重なってた。
消そうかと思って、やっぱりやめた。
読み終えて、どうでしたか