連載『閉店まで、あと十日』 第5回
六日前 ― 八百屋の話
ああ、源ちゃんのことか。
あんた写真館に毎日来てる子だろ。ここから見てるよ、うちは向かいだからね。いいからそこの箱に座んなよ。みかんの箱だけど丈夫だから。
源ちゃんとは小学校から一緒の同じ歳でね、こっちは八百屋の三代目で、あっちは写真館の二代目。親父さんが始めた店なんだよ。
源ちゃんは写真館を継ぐのが嫌でさ。高校出てすぐ東京に行っちまった。写真家になるんだって言ってね、ほら、雑誌とかに載るような報道とか芸術とか、そういうのになりたかったんだな。
親父さんは怒ってね。勘当だなんだって。まあ昔の人だから。
東京にいたのは三年、いや四年くらいかな。仕事はあったんだかなかったんだか。一回だけ雑誌に写真が載ったってはがきが来たよ、俺んとこに。親父さんには出してなかったから俺が見せたんだけど、親父さんはそのとき何も言わなかったくせに、あとでその雑誌を本屋で三冊買ってた。
帰ってきたのは親父さんが倒れたときだ。脳の血管。それで結局店を継いだんだよ。
え? 写真の人?
ああ、ウィンドウの。
……あんた、あれ聞いてどうすんの。
いや、いいけどさ。
俺も詳しくは知らないんだよ。本当に。源ちゃんが帰ってきて店を継いで、一年か二年目かな、あの写真が飾られたのは。
たぶん町の子だよ。見たことある顔だったから。駅の向こうの醤油屋の……いや、違ったかな。あの頃は今と違って若い娘さんがいっぱいいたから。
源ちゃんは何も言わなかったし、俺も聞かなかった。聞くようなもんじゃないだろ、ああいうのは。
一回だけ、酔っぱらったときに言ってたな。十年くらい前の町内会の新年会で。
「取りに来るかもしれんから」
それだけ。何を、とも言わなかった。
奥さん? いないよ。源ちゃんは一回も結婚してない。見合いの話は山ほどあったけど全部断った。親父さんにも怒られたし、俺も「もったいない」って言ったんだけど、「写真館のじじいに嫁が来るか」ってさ。まだ三十だったのに。
だから町の連中が「死んだ奥さん」って言ってんのは、あれは嘘。誰も訂正しないけどね。源ちゃんもしない。
……しゃべりすぎたな。
源ちゃんには言うなよ、俺がしゃべったって。怒るから。あいつは怒ると長いんだ。
ほら、売れ残りの柿だけど甘いから持ってきな。一個は源ちゃんにやって。あいつ昔から柿が好きだから。
あ、あと。
あんた写真部なんだろ。
閉店の日、源ちゃんの写真を撮ってやってくれないかな。あいつは五十八年も人の写真ばっかり撮ってきて、自分のは一枚もないんだよ。店の前で撮ったのもないんだ。
俺が頼んでも絶対撮らせないからさ。
読み終えて、どうでしたか