連載『閉店まで、あと十日』 第6回
五日前 ― 就活写真
大黒写真館を選んだ理由は、安かったから。
就活の証明写真は、駅前のスタジオだと修整込みで五千五百円する。大黒写真館はネットに情報がなかったけど、商店街の掲示板の張り紙に「証明写真 二千円」って書いてあった。閉店セールだったらしい。
入ったら、高校生の女の子が受付みたいなことをしてた。「あ、店主呼んできます」と言って奥に行き、背の低いおじいさんを連れてきた。
撮影は五分で終わった。
「笑うな」
「はい」
「あごを引け」
「はい」
「引きすぎだ」
「はい」
カシャン。
できあがりは次の日だった。取りに行って、見て、わたしは固まった。
写ってたのはわたしだった。当たり前だけど。左のほっぺたのニキビ、目の下のクマ、前髪の変な寝ぐせ、ちょっと左右非対称な眉毛。全部そのまま写ってた。
「あの、修整って、してもらえないんですか」
「しない」
「え、でも、駅前のスタジオだと、肌とかきれいにしてくれるんですけど」
「知ってる」
おじいさんはカウンターの向こうで腕を組んだ。
「修整した顔で受かったら、どうする。会社に行くのは、修整してないほうだぞ」
正論すぎてちょっとむかついた。
「でも、第一印象とか、あるじゃないですか」
「ある」
「じゃあ」
「この写真の顔は、悪くない」
悪くない、って何だ。
受付の高校生の子が横から写真をのぞきこんで「目がいいですね」と言った。「なんか、ちゃんとこっち見てる感じ」
目、か。確かに去年駅前のスタジオで撮った写真より、目がはっきりしてる気がした。あっちは肌がつるつるで、誰だかよくわからない顔になってた。
結局その写真を持って帰った。二千円払った。ニキビはそのまま。
それから二週間で、その写真を貼ったエントリーシートを十五社に出した。
二次面接で、一社だけ面接官の人に言われた。食品メーカーの人事の、五十代くらいの男の人だった。
「写真と同じ顔してるね」
「え」
「最近、写真と本人が違う学生多いからさ。来た瞬間に、あ、この人だってわかった。もうそこで、ちょっと話しやすいんだよね」
その会社から内定が出た。
写真館にお礼を言いに行こうと思った。でも行ってみたら閉店の前の日で、店の前に「本日貸切」の紙が貼ってあった。貸切って、写真館で。
ガラス越しに中が見えた。おじいさんと、あの高校生の子と、知らないおばあさんと若い女の人が、ソファに座ってた。ショーウィンドウの白黒の写真がなぜか外されて、テーブルの上に置いてあった。
わたしは入るのをやめた。お礼は今度にしようと思った。今度は、たぶんない。
帰りにコンビニでハガキを買って書いた。
「内定しました。写真と同じ顔で行きます。ニキビは治りました」
宛名は大黒写真館。閉店後に届いても、たぶん誰かが読む。
読み終えて、どうでしたか