きなこを預かった二週間
娘の一家がハワイさ行くっていうので、孫のハムスターを二週間預かることになりました。名前はきなこ。ジャンガリアンという種類だそうで、手のひらに載せると、大福のなりそこないみたいなのが、ふるふるしている。
ハワイといえば、うちのお父さん(夫です)が農協の旅行で行ったのが昭和六十一年で、そのとき買ってきたアロハシャツはいっぺんも着ないで、今も簞笥に入っています。どうでもいい話でした。
孫の陽翔が紙に注意書きを書いてよこしました。鉛筆の字で「ひまわりのたねは一日五こまで」「ケージは日光に当てない」「さわるのは一日一回」。五個まで、に二本線が引いてあった。孫は小学三年生で、私より字がきれいです。
生き物を飼うのは五十年ぶりくらいになるかしら。嫁に来る前、天童の実家で文鳥を飼っていた。駅前の小鳥屋で三百円。三百円というと、あのころラーメンが一杯百円しなかったから、けっこうな買い物でした。その文鳥は父が鳥かごの戸を閉め忘れて、どこかへ飛んでいきました。父はそれから一週間、毎朝縁側に米粒をまいていた。帰ってこなかったけど。
きなこはとにかく夜に走る。回し車というのかね、あれがカラカラカラカラ、一晩じゅう鳴っている。お父さんが「うるさくて寝らんねえ」と言うので、三日目にケージを仏間に移しました。仏間なら夜は誰もいないし。ご先祖さまには悪いけど、ご先祖さまは寝ないでしょう。
ひまわりの種は、正直に言うと五個よりはやりました。あんまりほっぺたに詰めこんで顔が四角くなるのがおもしろくて、七個、八個。陽翔には内緒です。
十日目の夜中のことです。二時ごろだったと思う。トイレに起きたら、仏間のほうからガサガサ、ガサガサ、音がする。回し車の音でねえの。紙をかきまわすような音。
「お父さん、お父さん」と起こしたら、お父さんは「ネズミだべ」と言う。ネズミだったらそれはそれで困るんだけども。
二人で仏間の電気をつけたら、ケージの戸が開いていて、中は空っぽでした。昼に水を替えたとき、私が戸の留め金をちゃんとかけなかったらしい。父のこと言えないね。
音は仏壇の下の引き出しからでした。お線香とろうそくと、昔の家計簿をしまってあるところ。お父さんがそろっと引き出しを開けたら、家計簿の紙が細かくちぎられて、綿みたいにふかふかの山ができていて、そのまんなかできなこが丸くなっていた。こっちを見て、ほっぺたをもぐもぐ動かしていた。
ちぎられたのは昭和五十二年の家計簿でした。「卵 一パック 百八十円」「牛乳 百二十円」「長靴 由美子」。由美子は娘の名前です。長靴いくらだったか、そこはきなこに食べられて読めなかった。
お父さんがきなこを両手ですくってケージに戻しました。私は家計簿のちぎれたのを集めて、菓子の空き缶に入れた。捨てられなかったというより、朝になったら捨てようと思って、まだ缶に入っています。
四日後に娘たちが日焼けして帰ってきました。陽翔がケージをのぞきこんで言いました。
「きなこ、太った?」
「ハワイの人ほどでねえべ」
陽翔は笑って、それから注意書きの紙を裏返して、何か書きはじめました。見たら「おばあちゃんちのきなこ日記」とあって、一行目に「たぶん、たねを多めにもらっていた」と書いてあった。
読み終えて、どうでしたか