おまけの金魚
小一の夏祭りで、金魚すくいをした。
一匹もすくえなかった。ポイが三秒で破れた。泣きそうになっていたら、屋台のおじさんが小さい赤い金魚を一匹、袋に入れてくれた。「おまけ」。
家に帰ったら、母に「すぐ死ぬのに」と言われた。
僕は意地になった。図書館で金魚の本を借りて、カルキ抜きというものを知って、お年玉で水草とエアポンプを買った。金魚の名前は「おまけ」にした。ほかに思いつかなかった。
おまけは死ななかった。一年たち、二年たち、手のひらくらいの大きさになった。水槽は三回買い替えた。最後は六十センチの水槽になって、母が「リビングが狭い」と文句を言った。
中学で反抗期になって、家族と口をきかなくなっても、水替えだけはやった。週一回、バケツで三杯。水槽の前でぼーっとしていると、なぜか落ち着いた。受験に落ちた夜も、初めて彼女ができた日も、じいちゃんが死んだ日も、おまけはガラスの向こうで口をぱくぱくさせていた。一回、おまけに向かって彼女の自慢をした。おまけは水草を食べていた。
おまけが死んだのは、僕が高校を出て、東京に行く日の朝だった。十二年。
朝、水槽の底で横になっていた。
「あんたの出発、待ってたみたいやね」と母が言った。そういうことを言う人ではなかったので、ちょっとびっくりした。
庭のつつじの下に埋めた。新幹線の時間が迫っていたので、父がスコップを持ってきてくれて、三人で五分くらいで埋めた。慌ただしかった。
その年の夏、帰省して、久しぶりに地元の夏祭りに行った。金魚すくいの屋台があった。
おじさんは、あのときの人かどうかわからなかった。同じ人のような気もしたし、違う気もした。
「昔、おまけで金魚もらって。十二年生きました」
おじさんは、へえ、と言った。それから、
「そりゃ、兄ちゃんが死なせなかったんだよ。祭りの金魚はすぐ死ぬんじゃなくて、すぐ死なせちまうの。みんな」
と言って、ポイを一本くれた。
すくえなかった。三秒で破れた。
おじさんは、今度はおまけをくれなかった。
読み終えて、どうでしたか